乗り物166 クルマのはなしvol33~あの日のライバル 高級車対決1990~

6月30日 火曜日 乗り物166

 

こんばんは。

 

「あの日のライバル」と題し、ある年のライバル車たちが繰り広げた熾烈な争いを振り返ります。第1回目は、30年前の1990(平成2)年12月時点高級車たちです。

高級車と言っても、別格のセンチュリー、プレジデントや、世界戦略車であるセルシオ、インフィニティQ45についてはライバルが少ないため、ここでは各社が持つ3,000ccクラスの代表的な車種で比較してみます。

 

この時点で最も登場が古かったのは、三菱・デボネア Vでした。

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どう見ても万人受けには程遠いデザインです。オシャレさなど微塵も考えず、重厚そうな高級車を出すあたり、三菱という会社の”らしさ”を感じます。デボネアの多くは皇室や三菱系列企業の重役などに使われ、一般ユーザー向けとは言いづらいクルマでした。

駆動方式はFF、エンジンはV型6気筒で、1989(平成元)年のマイナーチェンジにより、排気量は全車3,000ccに統一されていました。

このクルマのポイントは、キャビンスペース、特に後席の広さでしょう。当時はスタイリッシュなセダンが主流で、デザインのために居住性犠牲にしていた時代、”セダンとはかくあるべき”とばかりに作られた真面目なクルマでした。

ちなみに当時のデータを見ると、月販350台前後売れています。新型コロナウィルスで販売が落ち込んだ今年5月で見ると、レクサスES300hやホンダシビックが近い数字を記録しています。モデル末期だったデボネアVの販売台数、意外と健闘していたと思いませんか?ちなみに雑誌のバイヤーズガイドの値引き情報にはこう書かれています。「人気がない割りには値引かない。リセールバリューが悪いので、長く乗らないと意味がない。」確かにそのとおりですが、結構毒舌なコメントだと思います。

 

デボネアの翌月、1986(昭和61)年9月に登場していたのが、マツダ・ルーチェです。

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デボネアVほどでは無いものの、登場年の関係もあり、やはり直線基調ですね。しかし、デボネアVより万人に受け入れられたいという気持ちは感じます。

コチラは当時の高級車の王道であるFR方式を採用し、エンジンはV型6気筒3,000ccの他に、V型6気筒2,000ccも用意されていました。つくづく思うのは、ブランドイメージ重要性です。この当時のマツダには、まだ”安物”イメージがありました。マツダ地獄」なる言葉も健在だった時代ですから、せっかくの高級車も実際以下に評価されがちだったんだと思います。バイヤーズガイドのコメントは「マークⅡやセドリック/グロリアをからませると値引き勝負に出てくる」とあり、闇雲な値引き競争には応じないという今とはまったく違います。高級車ですから、大きく値引くことでイメージが下がるのですが、当時のマツダはまだそこに至ってなかったのでしょうね。

ちなみに13Bロータリーターボを搭載したホットモデルも存在しました。

 

1987(昭和62)年に、永遠のライバル2車が揃ってモデルチェンジします。

6月、先陣を切ったのが日産・セドリック/グロリアでした。

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まだ直線基調ですが、やはり三菱やマツダに比べて洗練された印象です。クラウンにも言えますが、台数が稼げるだけに、4年に1度のフルモデルチェンジ、うち2年目でのマイナーチェンジと、時代に即した細かな見直しができていたからでしょうね。 

この世代のセドリック/グロリアと言えば、なんと言ってもグランツーリスモの登場です。従来のメイングレードであるブロアム系とは外観上こそ大きな差異はありませんでしたが、ツインカムターボを搭載、スポーティサスペンションを装着し、ステアリングも本革3本スポークとするなど、走りを重視する層にターゲットを絞っていました。折しも経済は好調で、高級車ブームの中、VIPセダンを好む若者にまでグランツーリスモ系は浸透し、販売面でも大成功を収めたのでした。

セドリック/グロリア合計で、月に10,000台以上売れていた時代です。

 

セドリック/グロリアに遅れること3か月、9月登場のクラウンは通算8代目でした。

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コチラはフォーマルの王道を極めたスタイリングで大ヒットしました。

先代で築いた「いつかはクラウン」の世界観を突き詰め、1989(平成元)年のマイナーチェンジでは、よりエレガントさを増しました。ライバルたちがV型エンジンなのに対し、クラウンはまだ直列エンジンを搭載していました。

排気量は、歴代最上位の4,000ccを筆頭に、3,000cc、2,500cc、2,000ccとバリエーション豊富で、特に税制改正を踏まえた2,500ccの設定は、細かいところまで行き届くトヨタらしさを感じますね。販売台数は月販で20,000台オーバー、モデル4年間で75万台という驚異の販売台数は、クラウン史上で現在も破られていません。

 

そして1990(平成2)年末時点で最新モデルだったのは、ホンダ・レジェンドでした。

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F1参戦で、特に若者からの支持を受けていたホンダは、フラッグシップであるレジェンドでも、その企業カラーを存分に発揮しました。

V6エンジン、FFレイアウトというのはホンダらしいですが、排気量は3,200ccのみという設定です。2,500cc、3,000cc、4,000ccという区切りが多かった中で、3,200ccという半端な数字もまた印象的でした。デボネアやルーチェ、セドリック/グロリアよりも200ccの余裕があります、とでも言いたかったのでしょうか。

この時点ではまだ登場していませんでしたが、セダンに遅れること3か月、1991(平成3)年に加わったクーペが大好きでした。

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アグレッシブでキリッとした顔も好きですが、ストンと切り落としたようなリアエンドの処理が好きで、大人になれば買おうとさえ思っていました。他社にはできない、ホンダの独創的な高級車ですね。ちなみにクーペは、ソアラやレパードをライバルに想定して作っているため、その意味ではライバル関係とは言えないかもしれません。

販売台数は月販4,500台前後と、なかなか健闘していました。

 

このように、各社が満を持して世に問うた高級車たちは、その企業の方向性を示すモデルであり、好景気にも支えられてよく売れた時代でした。

ちなみにわたしが今購入するならば、クラウン→レジェンドクーペ→セドリック/グロリア→ルーチェ→レジェンドセダン→デボネアV の順です。

 

「あの日のライバル」、1990年末時点の高級車たちでした。