【特集】阿波徳島の古代史を想像する 其の一 「国生み」の女神「伊邪那美命」

10月28日 水曜日 【特集】

 

こんばんは。

昨日は、コメントや特別なスターなど、皆様からの温かさに触れ、連続投稿1,000日を達成して良かったと素直に感じました。改めまして、心から御礼申し上げます。そして本日からはまた淡々と更新して参りたいと思いますので、「MASA日記」が皆様の暇つぶしになれば幸いです。

 

さて、昨日の【告知】のとおり、本日から都合6回にわたり、【特集】記事を書いてみたいと思います。

テーマは、わたしの故郷でもある阿波徳島の古代についてです。「阿波徳島の古代、実は歴史的に重要なんじゃ無いの?」と感じることを書き綴ってみたいと思います。このブログの読者になっていただき、ブログを通じて交流させていただいている徳島在住のshigeさんは、出身者であるわたしがまったく知らない古代阿波の歴史をブログで紹介されており、その内容が非常に興味深かったところから、今回の【特集】のテーマとさせていただきました。shigeさんのブログには、動画や文章で数多くの情報が溢れており、ヒントを得ることができました。ご快諾いただいた、動画等の使用に心から感謝しつつ、古代への想像を巡らせてみます。

なお、古代阿波の歴史については、専門的に研究をされている方々や、書籍を出版されている方々など、深い造詣をお持ちの方々が多くいらっしゃいます。わたしは学生時代から歴史が苦手で、このテーマに関しても浅い知識しか持ち合わせておりません。したがいまして、内容の誤りや浅さが露呈している部分も見られると思いますが、素人の戯言として、お許しいただければ幸いです。では、早速本題に入ります。

 

1 「国生み」神話の世界

日本列島は、いかにして形作られたのかー。

この壮大なる問いに対し、地質学者ならば、地殻変動による断裂で、中新世ユーラシア大陸から分離したと答えるでしょう。恐らくコレが事実です。しかし、多くの民族がそうであるように、この島国に住むこととなった古代の人々が纏まる上で、民族を束ねる力が必要となったはずです。力とは、ときに武力であり、ときに超越した存在であり・・・。古代日本が選んだ答えの一つが「古事記」に記されています。

712(和銅5)年編纂とされる「古事記」には、「国生み」が描かれています。”日本列島誕生記”とでも言うべき神話により、日本列島は神々が創造せし産物であると記し、超越した存在を崇拝することで束ねる道を模索したのでしょう。結果、「古事記」は神代からの史書であると同時に、神話を伝える神典としての意味合いが色濃く見られ、ひいては神道皇室正統性にも通じるものと考えられます。

およそ地質学的根拠と乖離しながら、民族の精神統一に資した「国生み」がいかに描かれたのかを見ます。

日本列島の生みの親は、伊邪那岐命イザナギノミコト)」「伊邪那美命イザナミノミコト)」という二神です。二神は天沼矛(アメノヌボコ)で「塩コオロコオロ」とかき回すと、その矛から滴り落ちた滴が固まり島が生まれます。この島を「自凝(オノゴロ)島」(淤能碁呂島という表記も見られます)といいました。

「自凝島」に降臨した二神は、「自凝島」のすぐ近くに、淡道之穂之狭別島(アワヂノホノサワケシマ)」を生みます。音からも想像できますが、意味を探ると、「淡道之穂」の「狭別島」と分けると、紀伊水道や瀬戸内海に数多点在する淡島(「淡」は小さいことを意味する)海路にあり、紀伊水道と瀬戸内海または鳴門海峡明石海峡を分ける島のこと、つまりはコレが現在の「淡路島」であることが分かります。

これに続いて「伊豫之二名島(イヨノフタナノシマ)」、現在の「四国」が誕生します。この島には「愛比賣(エヒメ)」「飯依比古(イヒヨリヒコ)」「大宜都比賣(オホゲツヒメ)」「建依別(タケヨリワケ)」という4つの顔が存在するとされ、性別は「愛比賣」「大宜都比賣」が女性、「飯依比古」「建依別(タケヨリワケ)」が男性です。ここまでの島の位置関係を現在の地図に重ねると、こうなります。

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こうして見ると、「自凝島」から西に向かって島を生み出していったことが分かります。今回は、以降の「国生み」は割愛しますが、参考までに「国生み」の流れを纏めた図を以下に示しておきます。

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精神世界における日本列島は、こうして誕生したのでした。

※「淡路島」の名は、「阿波」への「路」ゆえに名付けられたという説を耳にしたことがあります。なるほど、京の都から見れば、「淡路島」の先には「阿波」が続くことで腑に落ちますが、実は「古事記」の時点で「アワヂ」の音は存在しており、かたや「阿波」である「徳島県」は「オホゲツヒメ」とされています。こう見ると、その説は後付けであると分かります。では「徳島県」の「アワ」はどこに由来するのでしょうか。それはこの6回のどこかで触れたいと考えていますので、ココでは書きません。

そしてもう一つ。字こそ違えど、「エヒメ」の音が存在していること、「エヒメ」の旧国名である「イヨ」の音も存在していることに、深い歴史を感じずにはいられません。

 

 2 女神宿る聖なる地

神々が宿る地はどこなのかー。

架空であれ、古代日本の人々を精神的に束ねる上で描かれた「伊邪那岐命」「伊邪那美命」は、その世界の最高位に立つ存在であり、崇拝の対象であったと想像します。その二神の肉体・魂が宿る場所こそ聖地であるはずです。その聖地はどこなのでしょうか。ヒントは、その名を冠する神社です。これほどの存在、軽々にその名を用いることなど許されようはずもなく、然るべき”何か”をもって名乗りを認められているのでしょう。

伊邪那岐命」「伊邪那美命」の名を冠する式内社の場所を探ります。

※(延喜)式内社延喜式神名帳に記載された神社、および現代におけるその論社。一種の社格

男神である「伊邪那岐命」の名は、奈良県に四社、大阪府に二社、淡路島に一社確認することができます。とりわけ「淡路島」の伊弉諾神宮」(「伊邪那岐」は「古事記」における表記、「伊弉諾」は「日本書紀」における表記)のみが「神宮」を名乗っています。神社本庁の解説に従えば、単に「神宮」と言えば伊勢神宮を指すものの、限られた神社にのみ与えられる特別な呼称が「神宮」だそうで、「伊弉諾神宮」は「伊邪那岐」の名を冠する神社の中でも特別な存在であることが分かります。

「国生み」で最初に誕生したのが「淡路島」であり、「伊邪那岐命」が幽宮を構えたのも「淡路島」と記されていますから、その「淡路島」に「伊弉諾神宮」があることは、違和感なく受け入れることができます。

かたや、女神である「伊邪那美命」はどうでしょうか。

残念ながら「伊邪那美命」は命を落とし、地上に幽宮を構えることはありませんでした。「古事記」には出雲国と伯伎国(ははきのくに)との堺、比婆之山(ひばのやま)に葬られ』たとあり、つまりは、現在の山陰地方・島根県付近に葬られたということです。「出雲」と言えば、10月神無月に全国の神々が集う地であり、その聖なる力に箔付けする意味でも、「伊邪那美命」宿る地として描かれた可能性があります。

しかし、その「伊邪那美命」の名を冠する式内社は出雲にはありません。どこにあるのか。

実は、全国で三社比定されている「伊邪那美」の名を冠する神社ですが、そのすべてが「徳島県」に存在します。「伊邪那岐」が複数府県に分散することとは対照的です。そもそも、もゆかりも無い場所で、その名を冠する神社など作られようはずも無く、「徳島県」だけに「伊邪那美命」の名を冠する式内社が存在するには、それ相応理由があるのだろうと推測したのです。

その理由など、はるか時を経た現代において知る由も無い話です。まして、わたしの乏しい想像力ではさらに限界があります。地質学が日本列島誕生を解き明かした現代だからこそ、「伊邪那美命」が「徳島県」にのみ宿る理由は、神話の世界として、妄想によって楽しんでも良いのではないでしょうか。

ともに「国生み」を行った「伊邪那岐命」とは夫婦契りを交わした「伊邪那美命」です。肉体は黄泉(よみ)の国にあり、「伊邪那岐命」とともに眠ることは叶わない。しかし、潰えた出雲国から「伊邪那岐命」を追った魂は、黄泉の国と地上が隔てられているように、「伊邪那岐命」宿る「淡路島」と鳴門海峡を挟んだ「徳島県」に落ち着いたー。わたしなら、こんな想像をしますが、皆さんはいかがでしょうか。

いずれにせよ、「伊邪那美命」の名を冠する神社が唯一存在する「徳島県」に、古代ロマンを感じます。

※「徳島県」には「伊邪那美神社」に加え、他の都道府県には無い特徴がもう一つ見られます。それは「アハシマ」「ヒルコ」の多さです。「アハシマ」「ヒルコ」とは、「国生み」において生まれた不具の子のこと。なぜ不具の子を授かったかと言えば、女神である伊邪那美命から先に、男神伊邪那岐命に声をかけたことが原因だったそうで、これを知って仕切り直した後に生まれたのが「淡道之穂之狭別島」でした。阿南市王子製紙の工場南側)に「淡島神社」が、同じく阿南市那賀川に沿って「蛭子神社」が15とも20とも言われる数で存在しており、その密集度は他都道府県では類を見ないそうです。加えて「エビス」ではなく「ヒルコ」と読む神社も多いとか。ヒルコ」神社の名と密集度の高さも、「徳島県」の特異性の一つだと感じます。

 

本日はココまでですが、この企画の発端となったのは、shigeさんのこの記事でした。「伊邪那美神社」を散歩され、まさに県内から、徳島県の歴史を発信されている記事です。ぜひご覧いただき、よろしければYoutubeのチャンネル登録もどうぞ。