歌謡曲90 隠れファン1~********~

6月18日 木曜日 歌謡曲90

 

こんばんは。

 

「上手い人多いなぁ」がまだ途中ですが、懲りもせず新シリーズ「隠れファン」を始めます。過去流行った、一発屋だった・・・もう記憶の彼方に去った歌手(グループ)(現在も活動されている歌手の方には失礼な表現で申し訳ないです)でも、実は”好きだったんだよね”ということ、ありませんか。

今でもわたしがたまに聴いては”いいなぁ”と思っている歌手(グループ)をこっそり打ち明ける、そんなコンセプトの新コーナーです。

 

1993(平成5)年。

米国ではビル・クリントン大統領が、中国では江沢民主席が誕生し、日本では現天皇陛下皇后陛下の結婚の儀が行われた年でもありました。

経済に目を向ければ、日本のバブル経済は崩壊に向かい、一説では1993年に完全崩壊したとも言われています。そんな年の国内音楽業界はと言えば、首位の「YAH YAH YAH」は241.9万枚、3位の「ロード」さえも220万枚に迫るなど、CDセールスは絶好調、実に上位17曲までがミリオンセラーを記録する年でもありました。

本日取り上げる歌手(グループ)もまた、この年にブレイクします。

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デビューシングルにして、オリコン年間シングルチャート第12位に輝きました。

 

ココにある上位曲、多くの方が歌えるのではないでしょうか。

この頃のトレンドとしては、第2位「愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけない」に代表されるように、長い曲名も流行したのを思い出します。

 

今夜取り上げる歌手(グループ)の代表曲となるこの曲もまた、やや長めの曲名でしたね。当初の結成メンバーは4人、現在は2人で活動しています。

かなりにかけた声が特徴的ですが、ボーカルルックスが爽やかで優しそうな印象のためか、以降リリースされヒットする様々な曲すべてにイメージが合うのが不思議です。たとえばわたしの故郷・徳島県の企業である大塚製薬ポカリスエットCMソングに起用された曲は、まるで四国の夏がイメージできるのですから。

そしてわたしは当時まだ高校生でした。「佇む」という漢字をこの曲で覚えました。

 

ココまで書けばお分かりでしょうか。

 

隠れファン第1回は、デビューシングルこのまま君だけを奪い去りたいで一躍注目を浴びたDEENです。ボーカルは、池森秀一(北海道岩内町出身)さんです。

DEENが自身で曲を手掛けたのは7作目「未来のために」が初めてで、それ以前は当時のヒットメーカーの手による曲を歌っていました。この「このまま君だけを奪い去りたい」も、作詞を上杉昇(元WANDS、作曲を織田哲郎の両氏が手掛けており、特に織田哲郎さんは、その後の曲にも多くかかわっています。

自身で作詞作曲を手掛けると、どうしても曲が偏ることがあります。それでも長年一線で活躍されている方々は凄いとしか言いようが無いですが、DEENの場合は、様々なヒットメーカーの手に委ねたことで、歌手(グループ)としてのが出た気がします。

このまま君だけを奪い去りたい」のようなバラードもあれば、「瞳そらさないで」のようにテンポの良い、爽やかなサマーソングも似合うという風に。

 

さて、「このまま君だけを奪い去りたい」「瞳そらさないで」といった代表作が良いことは言うまでも無いですが、それより少し地味な曲も好きです。

○ Memories(3作目)

この曲、1番と2番の間奏がシンプルながら大胆カッコいいんです。そしてバックコーラスも、大黒摩季さんに似た声の方や、サックスの音色がカッコいいんですよね。

DEENの曲には少ない系統の曲だけに、一時期よく聴いていました。

永遠をあずけてくれ(4作目)

四国に住んでいたわたしには、この曲が使われたCMは憧れでした。

やはりクリスマスと言えば「White Christmas」に憧れます。銀世界の中、若いカップルがクリスマスの夜に会うなんて、四国ではあり得ませんでしたから。

まさかその4年後、旭川駅竹内まりやさんの「駅」の発車メロディーを聞きながら失恋に泣くなんて思いもしませんでした。

この曲は「このまま君だけを奪い去りたい」に近い路線でしたね。

夢であるように(13作目)

DEENの曲は落ち着いて聴きたい曲が多いんです。

「Memories」「瞳そらさないで」も良いですが、これくらいのテンポまでの方が、DEENらしさが出る気がします。作詞作曲も自分たちで行っており、きっと彼らにとって自然体で臨める曲なのでしょうね。

 

「隠れファン」第1回目は、DEENでした。

1993年は、他にも好きな歌手が複数いるので、また機会を見てご紹介します。