月曜ア・ラ・カルト15 (忘れない3・11 30)思い出す

5月11日 月曜日 月曜ア・ラ・カルト15

 

こんばんは。

 

最近、中学時代の恩師が語っていた言葉を思い出しました。

「わたしが大事やと思うんは、『お~さま』の気持ちを忘れんことかな」

当時はさほど意識もせず、”そんなもんかいな”程度で聞き流していました。しかし最近、ニュースを見たときにふと、この言葉が蘇ったのです。

 

■ お疲れ様

この状況下、わたしは在宅勤務を強いられ、仕事に多くの制限があります。おそらく世の中を見回したとき、制限を受けてを失った、制限により労働に制限が掛かったという方の割合は多いのだと思います。しかし、たとえば医療機関の方、ドラッグストアの方、スーパーの方・・・感染リスクと隣り合わせになりながら、休む間もないほど忙しいと聞きました。”このご時世に金儲かってええやん”では無く、やはり根底に「お疲れ様」労りの気持ちが大切な気がします。

そのうちのどれか一つでも滞ったとき、わたしたちの日常生活は大打撃を受けるはずです。感染リスクに怯えながら、社会のために働いてくださる方々には感謝が必要だと思うのです。医療機関従事者の子を差別する、ドラッグストアの店員に暴言を吐く、そんなことして良いはずが無いですよね。

 

■ お世話様

自分のために直接何かをしてくれる人には、やはり「お世話様」の気持ちも大切でしょう。もちろん対価を伴うこともありますが、それでも自分のために行動してくれた方には感謝すべきだと思います。たとえば宅配の荷物を持ってきてくれた方、ありがたいですよね、わざわざ指定した場所まで届けてくれるのですから。

そんな方に向かって除菌スプレーを噴く、人に向かってそんなことあり得ないと思うのですが、そうした報道を見て驚きました。

 

■ お互い様

不安(感染の)恐怖イライラ、それはみんなが持っている感情です。

この数か月、急に直面した厳しい社会情勢とて、みんなに共通することです。

”自分はこんなに苦しい””自分は感染の恐怖があるのに””毎日巣ごもりで自分はイライラしてるのに”といった、「自分は○○なのに」に続くのは、「どうして(他人は)××しないんだ」という他者批判的な思考になりがちです。

しかし、よく考えてみると、そのベクトルを向けられた他人もまた、同じ不安や怒りのベクトルを自分に向けているのかもしれません。

「自分は○○なのに」ではなく、「自分も○○だから」あるいは「他人も○○だから」敵対的に向かい合うのではなく、横に立って歩調を合わせるのが大切な気がします。もちろんそれは、どんな身勝手も許すということとは違います。しかし、自制的に行動する大半の人々との間では、困ったときは「お互い様」なのです。

 

 

1つ飛ばしで座っていた電車の座席、空いているところに誰かが座ったとします。”ソーシャルディスタンスだろ!横に来んな!”暴言を吐く、暴力を振るう、緊急事態宣言が解除された後の社会で、こんな殺伐とした社会は見たくないです。

自分しかいない自分だけのための空間にしか住まない状況が増えたとき、もはや「お~さま」の気持ちなど消え去ることでしょう。そんな寂しい社会、わたしはです。生身の人と、同じ時間や同じ空間を共有し、心の通じたやり取りがしたいです。

あの東日本大震災のとき、現地の多くの人々が助け合い、励まし合い、寄り添い合い、心を通わせていました。あれから9年、日本全体、世界全体が厳しい状況の中、今一度あのときの気持ちを思い出さなければ、そう思いました。

本日の「月曜ア・ラ・カルト」は「忘れない3・11」でした。