月曜ア・ラ・カルト9 時事の戯言64~ショック・・・~

3月30日 月曜日 月曜ア・ラ・カルト9

 

こんばんは。

季節外れのが降った29日、日本のお笑い界に大きな足跡を残した志村けんさん(以下「志村さん」)が亡くなりました。訃報が流れた30日の今日、その重い気持ちを察したかのような曇天でした。おそらくわたしが最初に認識した「お笑い」は、「ザ・ドリフターズ(以下「ドリフ」)であり、加藤茶さんと志村さんは、特に小さい子には絶大な人気でした。かく言うわたしも、毎土曜日の「8時だヨ!全員集合」を心待ちにしていました。テレビ画面に向かって何度「志村、後ろ!後ろ!」と叫んだことか。

週明けに学校に行けば、土曜日のドリフの話で盛り上がり、「ピッカピッカの一年生」「カラス何故鳴くのカラスの勝手でしょ~」を合唱したり、ヒゲダンスを踊ったりと、ドリフをネタにたくさん友達と笑いました。「最初はグー、またまたグー、いかりやチョー介、頭がパー、正義は勝つ!」も流行りましたね。少し大人びたネタで言えば、桜田淳子さんとの「わたしってダメな女ね」も好きでした。

ドリフのネタは、日常のどこにでもありそうな、学校、家、会社を舞台にしたコントもたくさんあって、子どもながらに見ていて楽しいものでした。でも、特定の誰かをネタに笑ったり、誰かを傷付けるような笑いでは無いことも、心底笑えた理由でしょう。

「8時だヨ!全員集合」が終わり、ピンでの活動が増えても、志村さんは様々なキャラ、ギャグを生み出しては、お茶の間に笑いを提供してくれました。

数年前でしたか。12年ぶりにドリフの4人が集まって、寝台列車でのコントを繰り広げたのですが、筋書きも、おそらくアドリブも含め、4人の息がぴったりで、相変わらずドリフは面白いなぁ、と思ったものです。そこに長(リーダー・いかりや長介さんの姿が無いのが寂しかったですが、また4人でコントを見せてくれる日を期待していました。その最年少の志村さんがまさかの他界、あれが4人のコントを見る最後になるとは思いもしませんでした。ただただ残念、悲しいです。

最近の志村さんのネタの中で、個人的には「ひとみ婆さん」シリーズが好きでした。ハチャメチャで人騒がせで、一昔前のお婆さん像で、それでいて憎めない「ひぃちゃん」に、腹の底から笑いました。昔からお婆さんに扮することは多かったですが、やはり志村さんが還暦を過ぎ、「ひぃちゃん」の年に素の志村さんが近づいたのもあると思います、の取り方など、ただ喧しい、言葉を被せるような笑いとは違った、円熟味を帯びた、志村さんならではの笑いだったと思います。

直近まで、そして最期まで、バカを演じたお笑いの第一人者が、元気な笑顔のイメージのままでこの世を去りました。この事実もまた、志村さんが伝えてくれたことなのかもしれません。いくら元気でも、今日と同じ明日が来るとは限らない、健康を過信してはいけませんし、感染リスクは老若男女問わずある、油断するな、と。

この新型コロナウィルスで亡くなった方々の命に軽重は無いですが、志村けんさんが亡くなったということが与える衝撃は、少なくともわたしには大きなものでした。

ドリフから直近まで、志村さんの笑いは誰かを傷付けるような、誹謗中傷するようなことはありませんでした。ヘイトスピーチ急増しているそうですが、それは志村さんも望まないでしょうし、今回の感染症は特定の国や人種・人を恨むべきものではないでしょう。亡くなる方が減ること、病床に伏している方が快復すること、世界が再び元気になること、少し前まであった日常を取り戻すこと、わたしはそれを願います。

志村さんは、わたしにはいくつもの笑い、笑顔を与えてくれました。辛かったことも吹き飛ばしてくれました。謹んでお悔やみ申し上げたいと思います。

 

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