MASA日記

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乗り物145 クルマのはなしvol25~32のもたらした意味・前編~

1月7日 火曜日 乗り物145

 

おはようございます。

新年最初の「乗り物」は「クルマのはなし」です。そのときは分からなくとも、時間が経過する中で、歴史意味づけをし、評価を与えることはよくあります。

令和2年となりましたが、仮に平成の世が続いていたならば、平成32年でした。今夜はこの「32」という数字をキーワードに持つ4つの車種を振り返ります。

 

1 R32型スカイライン 

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スカイラインの歴史は、富士精密工業時代の1957(昭和32)年に遡ります。

スカイラインというクルマをスポーツマシンと印象付けたのは、3代目通称ハコスカ(C10型)の途中1969(昭和44)年に追加されたGT-Rでしょう。国内レースを総なめにし、「羊の皮を被った狼」と評され、以降、「GT-R」はスカイライン象徴するトップグレードとして広く認知されます。

しかし、常にスカイラインのトップに君臨するイメージの「GT-R」は、続く4代目通称「ケンメリ」(C110型)にも存在しますが、排ガス規制の影響により、わずか4か月で販売終了、生産台数はわずか197台という、超稀少車となりました。

オイルショックに苦しんだ時代から回復し、日本がバブル経済に沸いていた1989(平成元)年8月、元号は「昭和」から「平成」へと移った中で、16年7か月の沈黙を破り、力強く「GT-R」が復活を果たします。8代目となる当代の型式が「R32型」でした。

アメリカでは、いわゆる「25年ルール」というものがあります。通常は排ガス規制安全基準などが厳しく要求されますが、製造後25年以上のものはクラシックカーとしてこれら規制や基準の適用対象外となるのです。「R32」型スカイラインの製造は1993年8月までですから、最終期に製造された個体でも2018年に「25年ルール」が適用されました。これを受け、程度の良い「32」型GT-Rが、海を渡っています。

海外での人気の理由は、国内のみならず、国外レースをも席巻し、そのポテンシャルは当時のフェラーリ・348をも上回るとさえ称されるほど注目を集めたのでした。この当時の鮮烈な印象を持った人が、「GT-R」に憧れを抱くことも自然かもしれません。

2600cc直列6気筒4バルブDOHCエンジンにセラミックス製ツインターボRB26DETT型)を搭載し、アテーサE-TSも加えた実質的な4輪駆動車という凝ったメカニズムが生んだ、誉れ高き名車として、歴代スカイラインの中でも屈指の人気を誇ります。

「32」型は、「GT-R」のベースとなる「スカイライン」標準モデルも含め、素性の良さ、技術力の高さを実感させ、その名を海外にも知らしめた意味を持ちます。

 

2 Z32型(フェアレディZ 

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スカイラインR32型より約1か月前、1989(平成元)年7月に、フェアレディZ4代目となる「Z32型」が登場します。この世代が持った意味は、大きく3つあると思います。

1つめは、それまでのロングノーズ・ショートデッキという特徴を改め、ワイド&ローで表現されたデザインです。「フェアレディZ」というクルマは、後に社長に就任したカルロス・ゴーン氏が「日産復活の象徴」と指名したほどのクルマですが、その伝統を変えることは相当勇気が要りますし、果敢に挑んで見事に世代交代を成功させたデザイナーの能力の高さを感じます。他に類を見ないフロントマスク、獲物を狙う動物を彷彿とさせるサイドシルエット、流麗なCピラー、キュッと切れ上がったリアと、どこから見ても「Z32型」と分かる個性的なスタイリングは、今なお色褪せないと思います。

2つめは、結果的に、280ps自主規制の基準となったことです。今では300psオーバーのクルマも多く存在します(国内での日常使用にそれほどの大馬力が必要か、個人的には疑問です)が、2004(平成16)年の4代目レジェンド(ホンダ)が登場するまでは、業界の自主規制値である280psが出力上限とされていました。その上限に最初に到達したのが、「Z32型」である「フェアレディZ」でした。当初日産は、300psの出力を目論んでいましたが、当時の運輸省からの指導により、国内版の出力は280psまでで抑えられた経緯があります。先程扱った「R32型」スカイラインや、初代インフィニティQ45も300psを目論んでいましたが、登場順の関係上、「Z32型」が最初に280psに到達したのでした。ハイパワーマシンと同時に、自主規制の基準という、やや相反するような印象を残したのですが、それでも「Z32型」が自動車史に一つの歴史を残しました。

3つめは、長く続く「フェアレディZ」の歴史を一度途絶えさせたことです。バブル真っ只中で登場し、高い人気を博した当代ですが、やがてバブルが崩壊し、スポーツカー市場が縮小すると、フルモデルチェンジは見送られます。実に11年という息の長さでしたが、排ガス規制問題もあり、2000(平成12)年をもって一度歴史に幕を下ろしました。

やがて2002(平成14)年に「Z33型」が登場し、再び歩み出すのですが、「Z32型」によって、その歴史が一度途絶えたという意味があります。

 

今回は、日産を代表する「スカイライン」「フェアレディZ」の歴史において、型式「32」が果たした役割について、わたしなりの意味づけをしてみました。

来週は「32のもたらした意味・後編」を投稿します。