歌謡曲79 紅白で引退

12月12日 木曜日 歌謡曲79

 

こんばんは。

12月になると、否応なくNHK紅白歌合戦(以下「紅白」)の話題が多くなりますが、紅白出場を花道に、芸能界を引退した歌手を回想します。

 

紅白が引退の花道となるのは、話題性もさることながら、12月31日の夜という節目に放送されていることも大きいでしょう。わたし世代では、安室奈美恵さんの引退が大きな出来事でしたが、彼女は翌年の途中まで引退しているため、紅白をもって引退ではありません。紅白をもって引退した方で印象的なのはお二人です。

 

都はるみさん

1984(昭和59)年、「普通のおばさんになりたい」と引退を宣言し、その年の大晦日、紅白では大トリを務めました。作曲家の市川昭介さんが見守る中、「夫婦坂」を歌唱したのですが、歌い終えたところでまさかのアンコールが沸き起こります。

ご存知のとおり、紅白は生放送です。アンコールに応じる尺があるのか分からない中、司会の鈴木健二さんが放った「私に1分間時間をください」という言葉は名台詞と言われ、鈴木さんの交渉に応じた都はるみさんが「好きになった人」を歌ったのでした。

それでも1コーラス目は涙で歌えず、周りの歌手が合唱し、2コーラス目で本人が声を震わせながら歌い切るという感動の演出となりました。

ちなみに、この「好きになった人」も、市川昭介さんの作曲です。

このアンコールが実現した背景には、実は、都はるみさん歌唱後に3分間空白時間を設けていたのだそうです。ご本人は「夫婦坂」1曲に集中したいとの意向を持ち、当時の紅白の選曲も一人一曲が基本であったため、「夫婦坂」を歌唱して終了が基本路線でした。しかし、アンコールに応えるのは問題が無いという判断から、3分間という時間を空け、その流れに乗るのを待ったということです。

仮にご本人が応じなくとも、出場歌手で大合唱すれば感動的な演出となるなど、用意周到に練られた演出だったことが事後に明かされています。

 

森昌子さん

翌1985(昭和60)年は、同年の紅組司会も務めた森昌子さんが引退しました。

翌年の森進一さんとの結婚を控えての引退でしたが、紅組トリの森昌子さんに対する白組大トリが森進一さんという粋な組み合わせでもありました。

司会を精一杯務めた後での歌唱は、いよいよラストステージというこみ上げる想いと、紅組トリという重責からか、非常に不安定なスタートでした。

水前寺清子さんや、前年に続く白組司会の鈴木健二さんに支えられながらの歌唱でしたが、途中で崩れ落ちそうになる場面も見られ、子どもながらに「大丈夫かな・・・」とハラハラしながら見た記憶があります。

水前寺清子さんにマイクを向けられた石川さゆりさんが、事も無げに「愛傷歌」をフォローして歌うのですが、これが実に上手いんですよね、改めて聴くと。

それでも立ち直った森昌子さんを、紅組の多くが涙を見せながら見守るというシーンは、なんとも感動的な場面だったと思います。

 

 

こうして感動的なフィナーレで送り出されたお二人は、結局芸能界に復帰しましたけどね。森昌子さんは、再び今年で引退を表明されておりますが、紅白の出場歌手にその名はありません。当時と今では紅白の在り方も違いますしね。

逆に昨年のサザンオールスターズ松任谷由実さんのような、賑やかな終わりで新年に繋げるというのも一つのスタイルかもしれません。

個人的には、紅組vs白組というカタチも限界だと思っていますが、きちんと持ち歌をフルコーラスで、生歌で聴かせてくれれば、と願っています。