歌謡曲78 競作

11月28日 木曜日 歌謡曲78

 

こんばんは。

若い方はあまり聞き慣れない言葉かもしれませんが、「競作(曲)」をご存知でしょうか。一つの作品を複数の歌手が歌うことを言います。但し、ほぼ同時期に同じ歌を歌う点で、いわゆるカバー曲とは異なります。

特にわたしが子どもだった1980年代を中心に、一時期流行りましたが、今夜はそんな懐かしの競作(曲)を振り返ってみます。

 

浪花節だよ人生は

細川たかしさんと水前寺清子さんにより、おそらく紅白史上初の同曲対決となったのは1984(昭和59)年のこと、まさに競作(曲)全盛だったからこそでした。

細川たかしさんによる「どうもすいません。歌詞を間違えました」というハプニングもありました。今なら笑って済まされるでしょうが、当時はNHK苦情の電話が8,000件もあったそうです。生歌唱ですし、紅白独特の雰囲気もあったのでしょう。

わたしがこの曲を初めて聞いたのは木村友衛さんでしたが、細川さんや水前寺さん含め、歌手16人、レコード会社13社による競作(曲)となり、一大ブームでした。

明るい曲ですし、紅白歌合戦に似つかわしい曲でもあると思います。

 

❖男と女のラブゲーム

この時代、デュエットソングも多くありました。カラオケで男女が歌えるという意味で、「居酒屋」「もしかして」「男と女のはしご酒」など流行りましたね。

その一つがCM(武田薬品)で流れた「男と女のラブゲーム」でした。「飲み過ぎたのは あなたのせいよ♪」というフレーズインパクがありました。

当初「タケダ胃腸薬21」のCM用サビ部分のみ作られたそうですが、あまりの反響からフルサイズ版を制作し、最終的には歌手8組、レコード会社7社による競作(曲)となりました。デュエットソング × 競作(曲)という時代を象徴する曲でした。

 

釜山港へ帰れ

国を超えての競作(曲)もありました。

もとは韓国の歌謡曲でしたが、1983(昭和58)年にチョー・ヨンピルさんが歌唱すると瞬く間に広がり、歌手16人による競作(曲)となったのでした。

日本では渥美二郎さんによる作品が約70万枚のヒットとなりましたね。

ちなみに本国である韓国では、なんと約60人の歌手によって歌われていたそうです。

 

❖秋冬

浪花節だよ人生は」の同曲対決があった1984(昭和59)年の紅白歌合戦では、「普通のおばさんになりたい」という都はるみさんが大トリを務め、「夫婦坂」を熱唱しました。しかし、会場からの鳴りやまぬアンコールの声に、司会の鈴木健二さんが「わたしに1分間時間をください」都はるみさんを説得し、紅白史上初となるアンコールが実現し、大ヒット曲「好きになった人」で歌手人生に別れを告げたのでした。

この年の紅白歌合戦では、もう一人、胸の内に引退を決意していた歌手がいました。現 二所ノ関親方と翌年に結婚した高田みづえさんです。彼女がこの紅白で歌唱したのが「秋冬」(しゅうとう)という曲ですが、この曲は1980(昭和55)年に36歳で逝去した中山丈二さんの遺作と言われています。遺品にあったデモテープから有志が自主制作でレコードを出し、1983(昭和58)年頃からヒットしました。

紅白では高田みづえさんが歌唱しましたが、10人による競作(曲)でした。ちなみにわたしは、高田さんの他、俳優の三ツ木清隆さん版も好きです。

 

氷雨

今回、「競作(曲)」をテーマにしようと思い立ったキッカケの曲がこれです。

真冬並みの寒さとなった先週金曜日の夕方、冷たい雨が時雨になるのではないか、と思ったときに、ふと脳内に流れたのが「氷雨」のイントロでした。

演歌も好きなわたしにとって、子どもの頃に覚えた「氷雨」は時折聴きたくなる曲で、とくに12月にかけての寒い夜には、あの悲し気なイントロがたまりません。

「外は冬の雨 まだ止まぬ この胸を濡らすよに」というサビもいいですね。

もとは佳山明生さんのデビューシングルでしたが、再発となった1983(昭和58)年に約80万枚を売り上げると、日野美歌さん版も約50万枚とヒットし、競作(曲)ブームに乗りました。イントロや、佳山さんが「あたし」日野さんが「わたし」と歌うなど、部分的な違いはありますが、どちらも沁みる曲ですね。個人的には佳山さん版が好きです。

 

 

他にも当時は競作(曲)が多々ありましたが、今夜はこのあたりで。

以上、今週の「歌謡曲」でした。