乗り物136 クルマのはなしvol21~1991年という時代・高級車狂騒曲~

10月29日 火曜日 乗り物136

 

こんばんは。

東京モーターショー開催期間中ということもあり、今夜の「乗り物」も「クルマのはなし」です。前回少し触れましたが、史上最多来場者数を誇ったのは、1991(平成3)年でした。つまりは、多くの人が現在から少し未来のクルマに関心期待を持っていた時代だったわけです。「シーマ現象」に湧いた1988年、新車の豊作年と言われる1989年、NSXエスティマなど個性溢れる車名が生まれた1990年。1991年はそれに続くわけですが、前回久々に当時の雑誌を取り出したので、今回も「月刊自家用車 国産&輸入車オールアルバム '91SUMMER 臨時増刊号」を紐解いてみたいと思います。

巻頭のスクープ情報に続いて掲載されたのは、バブル経済で賑わった高級車たちです。

 

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リムジン的な色合いのセンチュリーとプレジデントを除いたオーナーズカーで言えば、その頂点に君臨したのが、セルシオトヨタ)とインフィニティQ45(日産)でした。どちらも北米を軸とした世界戦略ブランド、レクサス(トヨタ)とインフィニティ(日産)のフラッグシップモデルですから、その気合の入り具合は凄かったですね。

雑誌でも、この両車を並べてライバル対決を煽っているようです。

ドイツ車的な高級車像に日本のを混ぜたようなセルシオに対し、比較的アメリカ車的な直線基調を軸に随所に日本のアイコンを散りばめたインフィニティと、そのルックスも性格も異なるベクトルを指すのですが、いずれも新時代・平成の高級車をリードするための企業のメッセージを強く打ち出しているところに熱さを感じます。

 

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これらに続くページには、バブル期の高級車ブーム火付け役となった初代シーマが紹介されています。この時点では、平成の高級車であるセルシオやインフィニティQ45が既に登場しており、かつ、シーマ自身もこの直後の1991年8月に、異例の3年半2代目に代わるとあって、初代シーマがやや古さを感じますが、イギリス車的な高級車像と、リアをぐんと沈めて加速する姿は今でも鮮明に記憶に残る名車だと思います。

 

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シーマから2ページ後には、往年のライバルであったクラウントヨタ)とセドリック/グロリア(日産)が続いています。

クラウンと言えば、今なお歴史を刻み続ける、日本車的な高級車です。特にこの8代目S13シリーズは、好景気も手伝い爆発的な販売台数を誇りました。派手さは一切無く、王道のデザインながら、品格存在感を表現した秀逸な作品だと思います。

一方、初代シーマのベースとなり、走りを意識したパーソナルセダンセドリック/グロリアは、このY31シリーズで若者にも支持を広げたのでした。この雑誌発売直後にはY32シリーズに切り替わり、グランツーリスモでは丸目4灯を採用するなど、この頃の日産には勢いを感じましたね。個人的にはY32よりY31の方が好きですが。

 

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雑誌のページ順で行けば飛ばしてしまったのですがホンダ、そしてマツダ三菱にも、各々の高級車がラインナップされていました。

シビックCR-XからNSX、果てはF-1まで、スポーツイメージが広く浸透していたホンダは、セダンの頂点であるレジェンドにもクーペボディ(β)を用意するなど、らしさを追求していました。加えて、販売台数こそ奮わない中でも放置せず、定期的なフルモデルチェンジを施していたのは立派だと思います。

マツダ業界3位を狙える位置にありました。5チャンネル政策に走り、結局はその目論見頓挫するのですが、高級車もラインナップされていました。当時はこのルーチェがトップエンドモデルで、すっかり曲線主流の時代にある中で箱型セダンを売っていたことから、広島ベンツなど不名誉あだ名もつけられていました。後に曲線美を見事に表現したセンティア/MS-9が登場し、特にヨーロッパでそのデザインが評価されるなど、1991年当時はマツダのエネルギーが溜まっている最中だったのですね。

三菱は、財閥系のお堅いイメージそのままの高級車、デボネアを持っていました。ルーチェ以上に角ばったデザインに、無理やりリアスポイラーを装着してみたり、AMG仕様をラインナップしてみたりと、かなり無理をしていた感が否めませんでした。平成が始まって3年になるこの時点で、すっかり時代遅れの印象があり、三菱グループ御用達セダンなどと揶揄されたのでした。NSXに及ばないGTOレガシィに及ばないギャランなど、すべてに何か足りない三菱が高級車で一花咲かせるのは、もう少し後に登場したディアマンテまで待たなければなりませんでした。

 

しかし、いかがでしょうか。まず5大メーカーがフラッグシップとなる高級車をきちんと揃えていたこと、加えて、ドイツ、アメリカ、イギリス、日本と、その指向するテイストに違いがあっても、こういったクルマを作りたい、世に問いたいというメーカーの心意気が感じられるクルマがたくさんありました。そしてライバル同士の競争もあり、クルマを楽しむ立場からすれば、否が応にも興味をそそられる時代でした。

高級車8車種だけ切り取っても、これだけ面白かった時代です。東京モーターショーに行きたくなった気持ちも自然なことかと思うのです。

 

今夜は1991年6月時点の高級車たちを、雑誌で振り返りました。