スポーツ27 監督業の難しさ

8月26日 月曜日 スポーツ27

 

こんばんは。

 

気づけば今年のプロ野球も、各球団30試合ほどを残すだけとなりました。残念ながら、わたしが応援する中日ドラゴンズは、7年連続Bクラスという悪夢が現実のものになろうとしています。今季から与田剛新監督の体制が始まり、個人的には大いに期待を持って始まったシーズンでしたが、初年度を見て感じるのは監督業の難しさです。

 

まず、多くの監督は、コーチ経験を経て監督に就きます。この経験は活きることは間違いありませんが、かつての落合博満元監督(以下「落合監督」)や、北海道日本ハム栗山英樹監督は、コーチ経験無しで就任して優勝しています。

つまり、コーチ経験は役立つものの、それが活かされるのは、未熟なコーチに監督としてアドバイスする場合や、実績ある監督の下で帝王学を学ぶ場合であって、必ずしも監督業に必要な経験とは言えないのだろうと思います。コーチは技術面や精神面を選手に近い位置で指導し、監督に助言するのに対し、監督はそれら報告をもとに決断し、試合、ひいてはシーズンを展望しつつチームを率いるマネージメントを主とします。

求められる能力としては、「こういうチームにしたい」という明確なビジョン、根拠のある采配、チーム内の信頼関係、そしてファンや選手への発信力だと思います。

せっかくなので、中日ドラゴンズの歴代監督で数人、比較してみます。

高木守道元監督(以下「高木監督」)

スローガンとして「Join usーファンとともにー」を掲げました。前任の落合監督ファンサービス不足と言われたことで、生え抜き監督として復帰したこともあり、ビジョンはファンに喜ばれる野球でした。しかし、試合後にファンからヤジられると、スタンドに向かって「降りてこい!」と応酬する始末で、「ジョイナス」はいつしか、高木監督を揶揄する表現として用いられることになりましたね。

采配はある意味一貫していて、「攻めだるま」とも言われるほど見境なく攻めます。後に権藤博 元投手コーチが明かしていますが、立ち上がりが悪い先発を1回で見切ろうとするのを止めるのに苦労したそうです。攻めだるまぶりは実際に試合でも表れていて、7回終了時点で野手を使い切り好機に代打がいない(2012年7月28日)、絶対に控えが必要な捕手を代打や代走に継ぎ込み6回で捕手が1人しかいない(2013年6月12日)、明らかな敗戦で6投手を相次いで投入する(2013年6月21日)など、暴走例は多数です。

それでも選手やコーチと強い絆があればチームも一致団結しますが、権藤投手コーチとの70代バトルは有名で、ベンチ内での口論が中継で映し出されるのは日常茶飯事でした。井端選手と口論したり、谷繫選手が不貞腐れて後逸球を追わないなど、チーム内崩壊を招いていたことは明らかですね。

では、その意図するところを監督が上手に表現していたかといえば、特に敗戦コメントでは特定選手を名指し批判することはザラで、あるいは敗戦となったポイントでの采配を指摘されたときに「コーチが言うもんだから」と責任転嫁までしました。

勝った試合なら的確なコメントをするかと思いきや、気に入らなかった点があったようで「そーですね!」「そーーですね!!」仏頂で答えるのですから、「ジョイナス」精神はどこへやらで、マスコミ関係者も苦笑するしかありませんでした。

結局のところ、ビジョンなく、目先の勝利だけに躍起になるものの、選手やコーチとの信頼関係も無く、むしろやる気を削いでいました。結果的に負けてしまうと特定選手を名指し批判したり、コーチに責任転嫁するので、監督としての責任放棄にも映ってしまい、ファンもシラけムードになったのが第二次高木政権でした。

 

落合監督

 

ビジョンは明確で、「勝つことが最大のファンサービス」と言って憚りませんでした。

スローガンなど不要とばかり、勝ち試合を見せて野球を楽しんでもらうのです。

したがって、采配も勝つことに拘っていました。その最たるものが、2007年の日本シリーズの山井投手→岩瀬投手への完全試合でしょう。勝つ確率を考えたときに、絶対的な抑えへのリレーが最善と決断し、山井投手の完全試合を望んだ野球ファンからの痛烈な批判を一身に受け止めたのでした。

ペナント中でも、ホームゲームで満塁サヨナラ機に「選球眼が良いから」という理由で代打を選択したり(実際に押し出しサヨナラ勝ち)、左打者に対する左投手を「あいつは左打者が苦手だから」と交代させるなど、緻密に試合を読んでいました。落合監督が言う「相手に諦めさせる」状況を序盤から積上げていくことで、勝利数を重ねました。

チーム内の信頼関係という点では、コーチ人選にも見て取れます。自分が信頼できると思うコーチは、過去の球団歴問わずに集め、一方で「情報が漏れる」「選手指導ができない」と見たコーチは、中日OBでも容赦なく切りました。

特に森繫和ヘッドコーチ(現 中日SD)には、「オレは投手のことは分からないから」と投手部門全体の権限を委ね(2004年開幕の開幕投手・川崎以外はすべて任せたと言います)、単なる放任では無く、役割分担を明確にしていました。

選手との関係で言えば、落合野球の二遊間アライバこと、荒木選手、井端選手の名コンビの配置転換が話題になりました。ゴールデンクラブの常連コンビの守備位置を変えたため、「動きが悪くなっているという烙印を押された」(井端選手)、「よく怒られた。この時ばかりは監督を憎んだ。」(荒木選手)と、内心は不信感を持っていたことが窺えます。しかし、時が経つにつれて監督の真意を理解すると、「新しい野球を研究する楽しさを知りました」(井端選手)、「プレーの質が変わった。足でボールを追えるようになった」(荒木選手)と変わり、荒木選手は、落合元監督がどこかで監督をするなら着いていきたいとまで述べています。言葉足らずなところはあったようですが、それでも選手との信頼があったからこそ、彼らも期待に応えたのでしょう。

その言葉足らずで、マスコミから批判された落合監督の言葉はどうだったのでしょう。

 

「収穫といえば井端のサードゴロ(併殺打)」

「オレが悪くて負けた。みすみす勝てるゲームをなぁ。」

「監督の下手を選手が救ってくれた。」

「(試合は)作っていない。間違えた。間違えたら勝てない。」

負け試合の責任は監督、勝てば選手の活躍というのが一貫していました。まさに現代の組織における理想的な上司のスタイルでしょう。そして敗戦の中にも良かった点を見出し、そこでは個人名を出して褒めることもありました。

また、試合外のところで「俺がレギュラーと認めた奴は、どこ行ってもレギュラー獲れる」と暗に選手を立てるなど、ぶっきらぼうな中にも言葉力を駆使していました。

 

この2人の監督の違いは、戦績にも如実に表れていますので、善し悪しは言わずもがなといったところでしょうか。

 

さて、今年から指揮を執った与田新監督はどうでしょうか。

采配面では、特にシーズン前半において、良く言えば試行錯誤が続いた印象です。悪く言えば、采配ミスとファンに指摘される面も少なくありませんでした。

好投する先発を早く切ったために後続が打たれて負けたり、まるで日替わり定食のように打順が目まぐるしく変わるなどが、その典型例でしょう。

信頼関係についてはまだ分かりませんが、シーズンイン前の選手らのコメントを聞くと、何でも話せる風通しの良さは好評だったようです。大野投手や柳投手が復活したことも、監督からの言葉で気持ちが変わったようですし。

さて、わたしが与田監督に期待しながら疑問を持っているのが、コメントです。

奥様は元TBSアナウンサーですし、与田監督自身も、長らくNHKスポーツ解説をしていたこともあり、魔術師のように言葉を操り、言葉の力でファンにも訴えると思っていたのですが、残念ながら今のところ期待どおりではありません。

「何とかできるように練習するしかない」

「心身ともに鍛えるしかない」

「あと1本とか、あの1点を抑えておけばというゲームになった」

「昨日は8残塁で今日は9残塁

どれも誰が見ても分かる客観的事実を述べることが多いのです。特定選手を批判しないだけマシですが、誰も傷付けない代わりに、すべて評論家的な発言、悪く言えば、他人事のように聞こえてしまうのです(わたしには)。

監督というのは当事者であり、責任者ですから、もう少し主観的な立場での発言で、ファンや選手に向けてメッセージを送って欲しいと思います。

 

こうして見ると、「勝つことが最大のファンサービス」と言って憚らなかった落合元監督の芯の通った采配と、マスコミ向けのコメントは一級品だったと感じます。

与田監督は来季、監督業を磨いて、是非この不振を脱却して欲しいですね。