温故知新21 刑法

7月22日 月曜日 温故知新21

 

こんばんは。

 

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わたしは大学では法学部に学び、主に民事法を専攻していたのですが、基礎的な部分は刑法や憲法も学びました。わたしが学んだ大学では、刑法の講義で、大谷實先生同志社大学名誉教授)と前田雅英先生首都大学東京元教授、日本大学大学院法務研究科教授)の執筆された本を使用していましたが、久々に読んでみました。

 

スタンスは異なるものの、どちらもその総論で、刑罰の持つ意味に触れています。「国民にとって害悪であるはずの刑罰を、国家が科すことができる理由」について、大きくは応報刑目的刑が存在すると書かれています。

応報刑論は、簡単に言えば「目には目を、歯には歯を」の精神で、犯罪相応の刑罰を科すことに結びつきます。もっとも、報復的な色彩一色というわけではなく、犯罪結果に対する応報であり、犯罪予防の効果も見込めるために正当化できる相対的応報刑が主流であると書かれています。

他方、目的刑論は、刑罰は犯罪の抑止のために存在するという考え方で、さらに一般予防特別予防に分類されます。前者は、世間一般に対する犯罪抑止を期待するもの、後者は、当該犯罪者が再犯に走らぬよう改善教育を施すことを目的とするものです。

 

冒頭から、20年以上前の大学講義を復習するかの如く、刑法の意義を書き出したのは、何も、大学入学間もない頃の目を輝かせていた時代を懐かしむ意味ではありません。

 

最近の凶悪なニュースを目にするにつけ、果たして刑罰の意義というものは機能しているのだろうか、そして刑法は誰のためにあるのかと疑問に思うことが増えたからです。

 

たとえば、まだ発生間もない京アニの放火殺人事件では、その残虐さと身勝手さをみれば、多くの方が許し難いと思うことでしょう。犠牲者の多さを見れば、犯罪者と思しき人物1人の命をもってしても到底足りないほどの凶悪犯罪であり、真相を解明した上で万死に値する極刑をもって処罰すべきという意見が多く見られます。罪なき若い命が奪われたことを考えれば、単なる死刑では足りないとさえ個人的には思います。

一部で出ている精神異常の点が考慮され、責任能力を問えないなどという結論ともなれば、その憤りは最高潮に達するでしょう(もっとも、日本の法律でそう定められている以上、責任を問えないという結論さえあり得ますが)。

 

実はわたし個人は、応報刑論的な思考を持っていますが、仮に目的刑論的な視点で考えたとき、その刑法や刑罰による抑止効果は、あまり機能していないと感じています。

もし犯罪に手を染めたとき、その後に社会復帰したとして、人生で負うべきマイナスが著しいことを考慮すれば、自然とそうした犯罪を犯さないという意味で見れば、あまりに身勝手で残虐な犯罪が多発している昨今の状態について説明ができません。

また、もちろん更生して真面目に人生を歩んでいる人も多くいますが、中には「刑務所の生活に戻りたかった」と口にする人もいます。そうしたとき、これを「社会がきちんと受け入れないからだ」と社会の冷たさに理由を求め、犯罪者にも温かい目を持ちましょうと訴える向きもありますが、少なくとも日本の世間はそれほど寛大だとも思えません。むしろ、人権配慮の観点から、刑務所に冷暖房完備や、高齢犯罪者にも優しい就寝設備の設置などが報じられていますが、個人的には、”刑務所の居心地を良くしてどうする!””二度と戻りたくないような過酷な状況で、罪を反省し、己の甘さを顧み、社会の厳しさを知れよ!”とさえ、思っています(人間ができていないですね)。

少なくとも、わたし個人は、一般予防にも特別予防にもなっていない、したがって目的刑論は否定しないものの、その意味合いは薄らいでいて、それを満たすには、さらなる厳罰化や、刑務所環境の厳格化に進まなければ、整合性が取れないと思うのです。

 

それに対して、応報刑論で見た場合、(世間一般が納得し得る範囲で)犯した罪に応じた刑罰に処せられるため、被害者感情を和らげる点では効果があると思います。

それでも、その感情が消えるわけもなく、”同じ目に遭わせてやりたいが、個人で敵討ちできない以上、厳罰を望む”というレベルで満たされるだけですが。

 

そして、ここまで書いて気づくのです。

いずれのアプローチが正しいかは分かりません。しかし、いずれのアプローチをもってしても、刑罰が甘すぎるのではないか、というわたしなりの結論に至るのです。

応報刑論的には報復として不十分、目的刑論的には抑止力不十分)

 

そもそも法律は、個人間の報復を認めず、国家として、国や国民の秩序を維持する目的で定められているはずです。その秩序を乱し、他人を不幸に陥れる行為に対しては、もっと厳格に対処すべきではないのか、と。感情的なことを言えば、まさに同じ目に遭わせて報復する絶対的応報刑論も視野に入れて良いとさえ。

法律が時代に即さないならば、改める必要もあるでしょう。その法律の意義を考え、現状に照らすという、原点を見つめ直す時期かもしれませんね。