時事の戯言53 命を奪うこと

6月6日 木曜日 時事の戯言53

 

こんばんは。

 

昨日は蒸し暑く、今日は気温が高くと、体調管理にも腐心するこの季節です。電車でも、咳やくしゃみ、鼻水をすする音が、心なしか多い気がしますが、くれぐれも体調には気をつけたいですね。

 

さて、木曜日は「おとなの学習帳」と「歌謡曲」の隔週テーマですが、本日は不定期テーマ「時事の戯言」です。前回は、残忍な殺人事件に憤りを覚えた話題を書きましたが、今回は、元農水次官の男性が息子を殺害した事件についての所感です。

 

現在の日本の刑法では、第199条において「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する」と包括的なカタチで殺人罪を規定しています。しかし、かつての刑法では、尊属殺を定めた第200条において、法定刑を「死刑又は無期懲役に限定していました。簡単に言えば、自分の父母や祖父母といった直系尊属を殺害した場合に、その行為者である子または孫などは、普通の殺人罪(第199条)より重い刑に処せられる(有期懲役刑が適用されない)という決まりだったのです。

しかし、たとえば、尊属を殺害した場合と、卑属(子や孫等)を殺害した場合で、法定刑に差があることは、日本国憲法第14条の定める法の下の平等の精神に反するかが争われた裁判(栃木実父殺害事件)で、最高裁判所は刑法第200条を違憲としました。その後1995(平成7)年の刑法改正を機に、第200条は削除されました。

 

現代においては、人の命は平等で、客体(被害者)によって左右されないことは当然ですが、かつては年長者敬う文化があり、特に尊属に対する行為を厳しく罰していたことが分かります。しかし、今回の事件では、仮に元農水次官の証言が真実だとすれば、殺害された息子は尊属である実父などに対して、度々暴力を振るっていたようですね。

まだすべてが明かされているわけではありませんが、年老いた元次官が、自分たち夫婦への身の危険はもちろん、先般の理不尽な殺害事件同様の事件を危惧した気持ちは分かります。殺人という行為は、如何なる場合も許されるものではありません。

しかし、この世に生を与えた親として、憂いを抱き、自ら殺めてしまおうと思った気持ち、本件について言えば、わたしは同情の余地があると感じています。

 

この元次官も、被害者となった息子が生まれるとき、誕生を待ち侘びていたに違いありません。奇跡的な確率でこの世に生を受け、歓喜を以て迎えられたであろうに、父親自らの手で終止符を打ったとき、元次官の心境はいかばかりだったかと思うと、悲しみと虚しさをわたしは覚えます。

 

繰り返します。人の命を奪う行為は、如何なる場合も許されるものではありません。しかし、もし、尊属殺の対比として卑属殺のような考え方があるならば、わたしはこの元次官に対し、情状酌量の余地ありとして、減刑されると良いな、と個人的には思うのです。きっと実直な方で、それこそ行為に及ぶ前に十分に苦しんだのだと思います。

 

本件は、先日の件とは異なり、なんだか寂しい気分になりました。

取り留めない戯言ですが。