MASA日記

働き方、お金のこと、趣味のこと、ニュースなど、徒然なるままに書いています

温故知新14 散歩

5月20日 月曜日 温故知新14

 

こんばんは。

 

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既に1200年以上の歴史が確認されている、わたしの育った地元の神社です。ただひたすらに緩やかな時間の流れる田舎にあって、中に踏み入ると、どこか荘厳な、とした空気が張り詰めている神社です。

小学生だったわたしは、ここはきちんとしなければいけない場所、程度の意識でしたが、下校途中にその付近で遊ぶときは、なんだか神様が見守ってくれている、そんな気分にもなった、安心感のある場所でした。

 

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そんな下校途中、ふと小学校を振り返ると、こんな景色が見えます。30年余の時代が流れ、少し変わってしまったのですが。かつては、画像右側にある道路、ポールから田んぼ側には用水路が剥き出しになっていました。わたしがザリガニやメダカを追い掛けた用水路です。水のせせらぎの心地良さは、今も懐かしいです。

奥にあるのが通っていた小学校ですが、手前にあるのが児童館です。この児童館は、30年前には無く、小学校校舎まで、田んぼが連なっていました。

廊下と教室のを解放すれば、北を流れる川から吹くが、田んぼの四季折々の香りを吸い上げて、教室内をピューっと吹き抜けていきます。鼻先をかすめるその風が、春夏秋冬を教えてくれたのでした。

こんな田舎だったからこそ、生きた教材も多くありました。理科の生物系の話は、教育テレビも見ますが、多くは散歩に出掛けて、屋外で五感をフルに使って学びました。

菜の花が咲いたと言えば出掛け、土手に彼岸花が咲いたと聞けば出掛け、どんぐりや銀杏が落ちていると聞けば拾いに出掛け、近所のご老人宅の軒先にツバメが巣を作ったと聞けば出掛け・・・といった具合です。

稲刈り体験もじゃがいも栽培もしましたね。虫かごを持って、昆虫を追い回したり、だだっ広いグラウンドの丘を、段ボールを敷いて滑り降りたり。

とにかく身近にある教材をフル活用し、屋外によく出掛ける小学校でした。

 

何を想い出に浸ってるんだ、とお思いでしょう。

昨今、学校は閉鎖的にならざるを得ない状況だと思います。不審者の侵入により危険が生じた事件が、過去にもいくつも報じられましたから(うちの小学校は、授業中に、いのししが校庭を走ったことがありましたが)。逆に、子どもたちを連れて外に出ると、昨今の痛ましい交通事故のような危険と隣り合わせです。

結局は、大人が管理しながら登下校し、閉鎖された校内でひたすら過ごす、それが子どもたちの安全を守る最善策だという結論なのだと思います。

そのことは事実だと思いますし、否定もしません。むしろ、数少ない大切な子どもたちを、安全に守ることは、社会的な要請でもあると思いますから。

 

でも、常に何かに怯えながら、危険とは接点を持たずにばかりいることで、人間が本来備えている危険察知能力であるとか、五感で覚える自然との関わり合いであるとか、そうしたものを得る機会を失っている可能性もあると思います。

 

そんな大切な機会を奪ってしまうような、凶悪な犯罪や、交通事故を起こす運転者に対し、社会はもっと厳しく対処すべきでしょう。幸い、わたしは長閑で自由な環境で育ててもらったのですが、今度はそうした環境を守る大人(子供から機会を奪わない大人)であるのか、自分にも問いかけたい、昨今の報道を見て感じています。