【特集】80年代少年リターンズ④ アレは現代なら問題だ

5月10日 金曜日 【特集】80年代少年リターンズ④

 

こんばんは。

 

最近の小学生と1980年代の小学生では事情が違います。

 

たとえば給食の話ですが、わたしは給食が大好きでした。通っていた徳島県にある公立小学校では、午前11時頃になると給食室から漂う良い匂いが鼻先を包みます。そう、うちの給食はとても美味しかったのです。毎月の献立表を見るのが楽しみで、給食室に向かった給食当番の戻りを、今か今かと待ち侘びた頃が懐かしいです。

当然、食べ残しなどほとんど無いので、昨今問題となっている給食の食べ残しなど起こりません。いや、むしろ量が足りないくらい、給食は人気でした。その点では恵まれていましたが、苦手な食材やアレルギー食材が登場しても、食べない選択肢はありません。今ではアレルギーに配慮し、アレを使ったものは食べないだとか、弁当を持参するだとかも普通になりましたが、わたしの頃はそんな配慮はありません。

正直、わたしはタケノコを食べると、かなりの確率で発疹が出るのですが、そんなことで食べない選択肢は認められません。周囲が給食を食べ終わり、昼の掃除が始まっても、タケノコを完食するまで席を立たせてもらえなかった経験もあります。今の時代、先生がそんなことを命じれば問題になるでしょうが、当時はアレルギーへの配慮や、好き嫌いなど言える空気はありませんでした。

 

それでも給食は大好きで、嫌な想い出はほぼ無いのですが、タイトルに書いた”嫌いだった”学校行事もあります。たとえば予防接種です。

大人になってからは定期的に献血もしますし、注射も慣れましたが、子どもの頃は注射が大嫌いでした。しかもその頃は、まだ注射器を使い回ししていました。少なくとも、1本の注射器で3~4人にブスッ、ブスッと刺すのです。

校医2人が椅子に座り、次々に注射するのですが、1列に出席順に並んだ子どもたちは、空いた校医の前に連れて行かれて注射を受けます。「右の先生の注射は痛い」だとか「新しい針だったから痛かった」だとか、口々に感想を言い合います。

新しい針は当然、と思うかもしれませんが、少なくともわたしの小学校では、3~4人に使い回していましたから、数人に刺した後の使い回した針の方が痛くない、というのが定説でした。現代から見れば違和感あることでも、当時は注射針の使い回しなど、問題にもなっていませんでしたからね。

そう言えば、見た目に騙されたのはBCGです。ハンコのようなカタチをしていたので、”コレはもしかして痛くないかもしれないな”と油断していたら、意外に痛かったのを覚えています。痕を見れば穴が9つも空いてるので、ショックでした。

とにもかくにも、注射という行事は大嫌いでした。

 

もう一つ嫌いだったのは、身体検査でした。

小学校3年くらいまではさほどでもありませんでしたが、小学校6年頃は嫌でした。わたしは成長が早く、小学校6年で身長は160センチを超えていました。他にも160センチオーバーは5人くらいいましたが、身長が(当時としては)高いのが嫌だったのではありません。身体検査に向かう最中が嫌でした。

うちの小学校では、男子の場合、教室でパンツ(白ブリーフ)1枚になり、階段を降りて1階奥の保健室で身体検査を受けるのですが、授業中の教室の横を、パンツ1枚で歩かされるわけです。正直な話、発毛や精通といった第二次性徴が始まり、異性の視線も気になる中、白ブリーフ1枚の姿でかなりの距離を歩かされるのは恥ずかしいのです。

小学生ですから、モッコリの具合などを話題にする子もいて、普段は身長が高いことを少し誇らしく思っていたわたしは、そのときばかりは晒し者にされた気分でした。

 

こうして見ると、現代の小学生は、当然ですが、様々な配慮がされていますね。

アレルギー体質に配慮した給食(あるいは弁当持参)、注射は1人1本使い捨て、おそらく身体検査もプライバシー配慮、果ては制服もジェンダー配慮と、あらゆる面で保護されていると感じます。先日、小学校時代の女性の友人に会った際、「死ぬ以外はかすり傷」と笑っていましたが、こうした環境に生きたことで逞しさは培われたのかもしれません。以上、小学校時代に嫌いだったアレについて、思い出話でした。