【特集】通算100回目前!マニアな小ネタの世界93

5月3日 金曜日 【特集】マニアな小ネタの世界93

 

おはようございます。

 

「平成」終わり頃、「『平成』で最も〇〇したモノ・コト・ヒトは?」という特集が多く見られました。「令和」になって3日目、やや乗り遅れていますが、わたしが応援する中日ドラゴンズの「平成ベストメンバー」を選んでみたいと思います。

 

■ 先発

とかくこのテの特集では、いわゆるエースたちが選ばれます。力でグイグイ押して、先発完投型、三振の山を築いて相手をなぎ倒すタイプです。開幕投手も当然という。

中日で探せば、右の川上憲伸投手NPB通算117勝76敗 防御率3.24)や、左の今中慎二投手(通算91勝69敗 防御率3.15)のいずれかでしょう。いずれも中日の一時代を背負って立ったエースと呼べる存在です。吉見一起投手や大野雄大投手では物足りません。しかし、ココはやはり数字で選びます。先発としてどれだけ勝ったのか、です。

わたしは山本昌投手の圧勝だと思います。平成だけで214勝をマークしています。

頭角を現した1988(昭和63)年以降、多くを1軍で過ごし、先発としてマウンドに上がり続けたマサさんは、地味に見えて中日投手陣の屋台骨でした。

 

■ 中継ぎ

平成の前半で言えば、落合英二投手が思い浮かびます。しかし、やはり中日黄金期を築いた立役者の一人である浅尾拓也投手は外せません。

特に2011年の、79試合登板、7勝2敗10S、防御率0.41という数字は驚異的でした。

どんな接戦でも、浅尾に繋げば何とかなるという意味で、先発投手の心理的な支えにもなったと思います(相手から見れば、浅尾が出てきた時点で敗戦濃厚)。また、その容姿から、女性ファンにも人気があった点で、中継ぎにスポットライトが当たりました。

やはり浅尾拓也投手を選びたいと思います。

 

■ 抑え

現監督の与田剛投手、韓国からやってきたソンドンヨル投手、その後を継いだギャラード投手など、分業制が定着して久しい中日には、それぞれの時代のストッパーが存在しましたが、誰もが認める意味では岩瀬仁紀投手でしょう。

先程の浅尾投手とセットで、浅尾-岩瀬とくれば、中日にとっての必勝リレーでした。この2人でしぶとく勝ち続けたのが、黄金期の落合中日の特徴です。

通算1002試合登板、407S、通算防御率2.31と、非の打ちどころのない数字です。日本シリーズには6度出場も、無失点という大舞台での強さを発揮しました。特に2007年、完全試合の予感があった山井大介投手の後を受けて、リレーで完全試合を達成させたマウンド度胸の強さは、さすがの一言でしょう。

 

■ 捕手

難しいですね。平成の正捕手は、前半が中村武志捕手、後半が谷繫元信捕手です。

中日黄金期を扇の要で守り続けたのは谷繫捕手ですし、その後は監督も務めました。但し、彼は大洋ホエールズで入団し、選手生命の半分を大洋-横浜で過ごした選手です。

その意味では、実績面ではやや劣り、谷繫選手にその座を追われるカタチで中日を去った、生え抜きの中村武志捕手に軍配を上げたい気持ちがあります。

ナゴヤ球場の狭さを逆手に取った強竜打線で、恐怖の8番打者だった中村武志捕手は、打てる強肩捕手でした。「令和」となった今年、古巣ドラゴンズで、「令和」の正捕手を目指す加藤匠馬捕手を熱血指導中です。

 

一塁手

平成後半は外国人選手が守る機会が多くなった一塁のポジションでは、落合博満選手大豊泰昭選手山崎武司選手など強打者が目白押しです。

いずれも甲乙つけがたい実績を残しているのですが、わたしは大豊泰昭選手を推したいです。王貞治さんに憧れて来日し、苦労を重ねながらもレギュラーを掴むと、一本足打法本塁打を重ねてドラゴンズの勝利に貢献してくれました。

引退後は野球に携わりながら飲食店を営んでいましたが、急性白血病を患い、51歳の若さでこの世を去りました。とても真面目で中日のカラーに合った選手でした。

 

二塁手

■ 遊撃手

このポジションは、申し訳ないですが、アライバコンビしか無いと思います。

荒木雅博選手井端弘和選手が築いた鉄壁の二遊間は、華麗にして堅守という、守り勝つ中日野球の象徴でもありました。

打てば1・2番で粘り強く出塁し、出れば足で相手を撹乱する、本当にやらしい野球を実践し続け、中日を勝利に導いてくれた功労者たちでした。

ポジションの入れ替えもあったために、このように書いていますが、基本は二塁手に荒木雅弘選手、遊撃手に井端弘和選手でしょう。

 

三塁手

本当に悩みます。

その理由は、ミスタードラゴンズこと立浪和義選手の存在です。当初は遊撃手でスタートし、二塁手も務めましたが、年齢による動きの劣化を理由に三塁に移動しました。

平成時代を彩った意味で、立浪和義選手を外すわけにはいきません。

しかし、三塁は晩年です。平成で主に三塁を守ったという意味では、ウーヤンこと宇野勝選手レオ・ゴメス選手など、活躍した選手がいますから、無理やり立浪和義選手をココに入れるわけにいかないのです。

宇野勝選手は歴代中日の中でも”珍プレー”でお馴染みの記憶に残る選手ですが、記録面でも強打の内野手として活躍しました。落合博満さんによれば、守備も上手かったとのことですし、選出したいところです。ただ、昭和の香りも色濃く残るんですよね。

結果として、森野将彦選手をベストメンバーの三塁手として選びたいと思います。

捕手と投手以外ならどこでも守れる便利屋さんとして、そしてランナー2人を置けばミスター3ランとして、攻守で中日黄金期を支えてくれました。

 

■ 外野手

西武からFA移籍して中日黄金期を支えてくれた和田一浩選手も選びたいですが、それなら捕手も谷繫元信捕手を選べよ!と言われそうなので、敢えて外します。

守備面で見れば、蔵本英智選手も守備のスペシャリストとして支えてくれましたが、打撃などの総合面で見れば、やや弱い印象でしょうか。

ようやく昨年打撃が開花した感のある平田良介選手も、その素質や今後の可能性で見れば選びたいところですが、平成という時代で縛ると、遅咲きだったのが響き、ここに入れるのは難しいかなと思います。

打撃面だけ見れば、アロンゾ・パウエル選手も捨てがたいです。ヒット量産型の4番打者として、長らく中日を牽引してくれましたからね。

複数ポジションを守れるため、山崎武司選手は外野手として入れたくなります。

髪の毛が抜けそうなほど悩みますが、大島洋平選手山崎武司選手、福留孝介選手としたいと思います。現役で活躍中の大島洋平選手は、走攻守のバランスが取れた選手ですし、入団後早い段階からレギュラーとして活躍しています。

福留孝介選手は、米大リーグを経て、現在は阪神タイガースで活躍していますが、元は中日ドラゴンズが好きで逆指名制度で入団してくれました。強肩強打で足も使え、高い次元で能力を発揮しました。

残る1名を、山崎武司選手とアロンゾ・パウエル選手で天秤にかけたのですが、これはもうわたしの好みです。やはり強竜打線で恐れられた時代、本塁打王を獲得した姿、1999年優勝の年の阪神戦、逆転満塁ホームランを放った姿など、長距離砲として大いに記憶に残る山崎武司選手が好きなんです。

 

■ 監督

これは星野仙一監督落合博満監督しか無いでしょう。

劇場型とも言われ、感情剥き出しの星野仙一監督時代は、乱闘辞さずのドラゴンズを見て興奮していました。審判の判定に不服とあらば、選手を引き上げさせたこともあり、まさに熱血漢という言葉が当てはまります。

一方で、現役時代同様、すべてにおいて理屈に裏打ちされたオレ流で、見事就任1年目から優勝に導いた落合博満監督は、歴代中日の中で右に出る者がいない実績です。

個人的に面白いのは星野仙一監督時代でしたが、やはり成績で圧倒する落合博満監督がベストメンバーでしょう。8年間でBクラス無し、リーグ優勝4回、日本一1回ですから、その手腕にオーナーが惚れ込むのも分かります。

 

以上、わたしが選ぶ、平成時代の中日ベストメンバーです。ちなみに、どうしても何か称号を差し上げたいので、立浪和義選手には、ミスタードラゴンズ賞ということで。

打順にすれば、こんな感じでしょうか。

 

1(二) 荒木雅博

2(遊) 井端弘和

3(中) 大島洋平

4(一) 大豊泰昭

5(右) 福留孝介

6(左) 山崎武司

7(三) 森野将彦

8(捕) 中村武志

9(投) 山本昌

監督   落合博満