MASA日記

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【特集】乗り物95 もっと評価されるべき平成のクルマたち~セダン編~

12月22日 土曜日 乗り物95

 

おはようございます。

本日からは6日連続の「乗り物」特集です。本ブログの中でも長期に続く曜日テーマ「乗り物」を、今年のうちに通算100回にしようという企画です。

第1日目の今日は、「もっと評価されるべき平成のクルマたち」をお届けします。平成の幕開けは、バブル経済に支えられて多くの魅力的なクルマたちが誕生しましたが、「失われた20年」に突入すると、クルマはステータスや趣味のモノではなく、日常生活に必要十分であれば足りる道具の位置づけへと変化しました。

しかし、そんな平成の30年間に誕生した中で、生まれた時代が悪かったために、過小評価されてしまっているクルマがあると感じるのです。そこで、わたしの独断と偏見で、ベスト3+次点を選び、ランキングでご紹介する企画です。

 

次点 ホンダ・レジェンド(KA型)

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前年の1989(平成元)年は、国産車史におけるメモリアルイヤーとも言えるほど、名車が誕生した年でした(セルシオロードスターレガシィなど)。

1990(平成2)年、その熱気の中で誕生したホンダの高級車が、この2代目レジェンドでした。発売年からも分かるとおり、開発はバブル経済の真っ只中で行われており、クルマとしての気合の入り方は相当なものです。

まず、フラッグシップであるレジェンドにクーペを用意するあたり、ホンダというメーカーが走りに注力していたことを如実に表しています。後期型には6速MTも用意されました。インスパイアやビガーに採用されたFFミッドシップという特異なレイアウトを奢ったのも、この時代だから許されたことだったのでしょう。

当時はあまり注目されませんでしたが、サイドドアビームやABS、エアバッグといった安全装備も標準で装備されましたし、ホンダセダン群の頂に立つに相応しいクルマでした。残念ながら高級車づくりで一日の長のあるトヨタや日産には敵わず、続く3代目では簡素化されたリメイク版高級車になりましたが、トヨタや日産とは違う高級車を世に問うた功績、加えて今なお歴史が続いている功績(三菱のディアマンテや、マツダのセンティアは、いずれも2代で幕を閉じました)を考えれば、この2代目レジェンドはもっと評価されて良いクルマだと、わたしは思うのです。

 

第3位 ホンダ・ドマーニ(MA型)

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続いてもホンダからです。第3位には、ホンダのドマーニを挙げました。

コチラは1992(平成4)年の誕生ですが、当時はまだ、シャープでスタイリッシュなクルマが売れた時代でした。自動車評論家の多くは、スタイリッシュさの代償として失われていた室内空間の狭さに批判的だったと記憶していますが、そんな時代の中で、ドマーニはFF車のメリットである室内空間を最大限に活かすべく、キャビン部分を大きく取ったのでした。その結果、スタイリッシュさは損なわれましたが、ホンダが真面目に取り組んだ結果のデザインと言えると思います。

実際、この数年後に各メーカーのデザインは迷走を始めます。トヨタでさえ、5代目ビスタや初代プリウスなど、違和感を覚えるほどアンバランスなデザインを登場させたのでした。ミニバンが売れ始めた中で、セダンにも室内空間を確保するという要請が、それまで背の低いスタイリッシュなクルマに慣れたメーカーにとって、難しい要請であったことが分かります。その点、今見れば、このドマーニはエストラインを前後に通したことで、アンバランスさが際立つことなく、なんとなく纏まっている気がします。

残念ながら販売面で成功とは言えませんでしたが、他メーカーに先駆けて、来る時代のセダンを模索した跡は感じられるので、もっと評価されても良いと思うのですが。

 

第2位 日産・セドリック/グロリア(Y34型)

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第2位は日産自動車から、最終型となったY34型のセドリック/グロリアを選びました。

40年余りに及ぶ車名の歴史に幕を下ろしたという意味では、評価が低くとも仕方ないのかもしれませんが、これはセダン受難の時代に加えて、当時のカルロス・ゴーン社長指揮下の車種整理と刷新の流れの中での決断だったため、運が悪かったと思います。

フロントからリアまで、骨太塊感のあるデザインは、ポルシェデザインとも言われています。トヨタには作ることができない独創的な高級セダンを問うたY34型は、Y32~Y33型のイメージも捨てた挑戦を感じるクルマでした。

実際に助手席に乗ったことがあるのですが、静かで安定感のある走りは、日産らしい高級乗用車の味わいだっただけに、最終型となってしまったことが惜しいです。

 

第1位 日産・シーマ(Y32型)

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もっと評価されるべきと思うセダンの第1位は、コチラも日産から、2代目シーマを選びました。初代シーマの破竹の勢いはもはや語る必要も無いと思いますが、ヒット作のフルモデルチェンジの難しさを感じるクルマの一つでもあります。

1988年登場の初代シーマが、当時の一般的なフルモデルチェンジのスパンである4年を待たずに2代目にバトンタッチしたのは、トヨタジェスタを意識したからと言われています。初代が流行語となるほどの大ヒットだっただけに、日産としては失敗できないクルマだったのですが、結果的には失敗作の烙印を押されてしまいました。

どこが悪いということは無いのです。強烈なインパクトを与えた初代の延長線上のデザインだった、初代よりも落ち着いた、加えてバブル経済が崩壊して高級車に不利な状況には逆風が吹いた、どれもクルマ単体が悪いのではなく、生まれた時代の問題でした。

あえてフロントでは無く、リアの写真を載せたのは、わたしは2代目のリアビューが大好きだからです。日本ではほとんど成功例の無い尻下がりデザインですが、単に下げるだけでなく、少しリアを絞っています。走り去る2代目シーマのリアは、日本車らしからぬ残像を、わたしに与えてくれました。

初代、2代目と、イギリスの高級乗用車のような流麗さを持つ佇まいで、国産車では他に類を見ない存在だったと言えます。しかし、先に述べた通り、2代目シーマの時代にバブルは崩壊し、質素倹約に向かう日本社会にはマッチしなかったことも事実です。

後を継いだ3代目シーマが、某ドイツ高級車を意識したような、何の変哲もないデザインに変わったのは2代目の反省からだと言われていますが、わたしはむしろ、シーマというクルマの退潮は3代目の凡庸なデザインゆえだと思っています。

2代目シーマは、難しい状況下で奮闘した、讃えられるべきクルマだと思うのです。