MASA日記

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時事の戯言36 パワハラ

9月10日 月曜日 時事の戯言36

 

こんばんは。

今夜は「パワハラ」こと「パワーハラスメント」についてボヤきます。

 

■ 言葉の定義

組織などの内部で、地位や人間関係での優位性を背景に、精神的・身体的苦痛を与えること、あるいは環境を悪化させることが、パワーハラスメントの意味です。

そして、いじめ問題同様、パワハラの被害者がそう感じれば、パワハラだと判断される可能性が高いと言われています。

 

■ 具体事例

この手の問題は、今年特にスポーツ界で問題化していますね。

事例① N大アメフト部問題

調査結果に基づくと、試合に出さずに干しておいて、相手QBを負傷させることを条件に試合に出す。試合前にも「やらなきゃ意味ない」と念押すなど、スポーツ精神とは乖離した行為であり、加害者選手に対してもパワハラと思われる行為がありました。

これはパワハラだと言えるでしょう。

事例② ボクシング問題

これは真偽の程は分かりません。しかし、報道によれば、独裁体制となっている中で当時の会長は絶対的な権力を握っており、告発者の一人によれば、「ある全国大会で奈良県選手をレフェリーストップにした際、試合終了後、会長席に呼ばれ激しく叱責され何度も頭を下げさせられた。その後、主要な大会では呼ばれなくなった」という話も出ています。333人が連名で問題を告発しており、それまで鬱積していたものが一挙に爆発したのでしょうが、その人数の多さから見て、事実”らしい”とは感じますし、仮に事実であれば、そうした不本意なことを強いることはパワハラと言えるでしょう。

事例③ 体操問題

ここ最近話題なのは体操ですね。まだ若い女性選手に対して当時のコーチが暴力を振るっていたことが協会に通報されたことがキッカケでした。

コーチの暴力は、後に映像でも確認され、相当な暴力であったといえるでしょう。しかし、このコーチに向けた批判より、協会の権力者である夫妻に批判の矛先が向いた感があります。協会として当該選手にパワハラを行ったという選手からの訴えです。

ただ、この件に関してはどちらにも感情的に肩入れできないな、と思っています。音声が残っていると主張した夫妻の側について言えば、パワハラをした側が音声で残しても、そこは恣意的に穏やかな口調を使う等、操作できてしまうので、かえってパワハラが事実かもしれないと疑わせる材料になったと感じます。

一方の選手側については、「オリンピックに出れないよ」と言われる等で精神的に追い詰められたと言いますが、頂点を目指すアスリートにとって、鞭を入れる意味で使うのならば”この程度”の発言は十分に許容範囲な気もします。

まして体育会の世界ならば、こうした精神論や、ときには叱咤もあることでしょう。

 

■ 爺の戯言

そして今度はN体大駅伝部監督にもパワハラ問題が浮上しました。

ワイドショー等はネタに困らないですし、強い権力を批判することで数字を稼ぐことも狙っているかもしれません。しかし、わたしは少し、便乗し過ぎな印象を持っています。先のいくつかの事例でもそうですが、明らかに常識を逸脱した中で行われるハラスメントは、絶対に許せないですし、被害者救済を図るべきだと思います。

一方で、被害者がそう感じたらパワハラと銘打ち、加害者とされる人を潰しに掛かることは、違和感を覚えるのです。指導する側とされる側、上司と部下など、その関係において対等はあり得ず、必ず上から下に対して指導をするわけですから、パワハラの定義の一つは満たされているのです。その中で、被害者が不満や不快に思い訴えればパワハラとなるのでは、上司や指導者は、指導できない萎縮効果をもたらしかねません。

体操問題や駅伝問題がどうか、事実は分かりませんが、昔よりも精神的に打たれ弱いとされる現代の若者が被害者となる中、こうした問題は今後も出てくるでしょう。

そこには、被害者の訴えというキッカケこそ必要ですが、判断にあたっては、周囲の聞き取り等の事実確認に加え、誰が聞いてもそうだと受け取られる状況があったか否かという客観性の担保も必要な気がするのです。

精神論で育てられた昭和生まれの爺の感性なので、もはや時代に合わないかもしれませんが、戯言として述べておきたかったのです。