MASA日記

働き方、お金のこと、趣味のこと、ニュースなど、徒然なるままに書いています

時事の戯言32 90年代再来

8月13日 月曜日 時事の戯言32

 

こんばんは。

世間ではお盆休みの最中ですが、休暇中の方々は、しっかり英気を養い、日頃の疲れを取り除いてください。わたし含め働いている方々は、気合入れて行きましょう。

さて、3週間ぶりに通常モードに戻りました。そして昨日の告知のとおり、一部曜日テーマを変更しての2018年下期スタートとなります。

月曜日は変更なく、「時事の戯言」を継続していきます。

 

■ 80年代ブームも終焉?

実感の有無は別として、好景気がしばらく続いてきました。就職では売り手市場が続き、労働環境ではベアも行われました。かつてのバブル期を見た世代として、当時ほどの高揚感は無いというのが正直な感想ですが、これはおそらく、バブル崩壊後の沈んだ世界を経験した中で、手放しで浮かれることの危険性を学習した日本人なりの抑制なのかと、個人的には思っています。

芸能というものも、その世相をよく反映しています。バブル再来と騒がれたここ数年、小泉今日子薬師丸ひろ子中山美穂南野陽子、荻野目洋子、浅香唯など、80年代を彩った芸能人たちが露出を増やしました。時代の中心にいる団塊Jrの世代のニーズを探れば、自ずとこうした結果になることも分かります。わたしもその一員ですからね。

さて、最近テレビを見ていると、80年代から90年代に軸足を移しつつある気がします。日清のCMではウィンクの楽曲が流れ、サマージャンボのCMではTRFが登場しました。TRFはまさに90年代の音楽界を代表するグループですから。

こうして80年代ブームは、そろそろ飽きも生じて、終焉が近いのかもしれません。

 

■ 90年代の世相

昭和の名司会者と言われた玉置宏さん(故人)の名調子に「歌は世につれ 世は歌につれ」というのがあります。芸能と世相がリンクするとすれば、時代もまた90年代初めに似たものとなりつつあるのかもしれません。

90年代という時代は、初期こそバブル崩壊など疑う余地も無かったかもしれませんが、やがて失われた20年に突入していく入口でもありました。

世界的には、アメリカのイラク空爆で始まった湾岸戦争がありました。日本国内でも景気低迷が始まり、それまでや名声を求めて働いてきた人たちの目標が霞んだ時代でした。それは若者にも伝播し、先行きが見えない将来に失望した一部が、絶対的な何かにすがるために宗教に走り、あの忌まわしい一連の事件へと流れて行ったのかもしれません。富を手に入れたことと引き換えに、大切な何かを失ったと感じた日本人は、大切な人との時間を豊かにし、個の自由を尊重するようになりました。

 

■ 振り子の針

振り子の針は、大きく右に振れれば反動で左に振れ、またその逆に振れます。

時代も何十年単位で動く大きな振り子のようなものです。その揺れ戻しが始まろうとしているのであれば、今は一挙にバブルが弾けた90年代初頭に似た時代のプレイバックなのかもしれません。

 

■ 爺の戯言

90年代、その当時、国も個人も、バブル経済が弾けた中で最善を尽くそうとしたのだと思います。しかし、それから20~30年近い時間が流れた中、その評価をする必要があるでしょう。90年代に生きた一人として、90年代を全否定するわけではありませんが、政治家は90年代の政治の是非を、個人はその当時の生き方を、振り返るタイミングではないか、と個人的に思っている今日この頃です。

否応なく、大きな時代の振り子はどこかで振れます。ただ、その惰性に任せて振り回されるのは知恵のある人間の術として、いささか物足りなく感じます。せっかく経験した失われた20年の二の舞を演じないよう、何か工夫をする準備をしなければ。

時代の先端を駆け抜けてくれた安室奈美恵や、わたしたちに青春の音楽を提供してくれた小室哲哉も引退します。90年代に似た世相の中、今度はどのような音楽が、これからの20年を彩るのか、気になるところです。

こんなことをほざくようになった、本当に爺、いや老害かもしれませんね。ま、爺の戯言として聞き流してください。間違っても、世界で、日本で起きたような忌まわしい悲劇が、二度と繰り返されないことだけは願って。