MASA日記

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時事の戯言 第14回~何の事とは言わないが・・・~

3月12日 月曜日 時事の戯言第14回

 

こんばんは。

 

世の中には、ついて良い嘘はあると思います。

でも多くの嘘は、ついてはいけない嘘です。その嘘を上塗りすれば、どんどん辻褄が合わなくなり、もはや後戻りできなくなるんですよね。それまでに重ねてきた嘘が、客観的には事実として積み重ねられていますから。

しかし、どこか一部で符号しない状況が生まれると、何故そうなったかを辿ります。辿ってみると、ココもアソコも矛盾してるという疑問が出てくるわけです。一度「?」と思ってしまうと、そういう目で見るせいか、その人のすべてが信用できなくなるという連鎖に陥るのは不思議なことですね。

 

さて、権力というものは、その本人が思っている以上に影響力を持つことがあります。人間誰しも自分がかわいいですから、内心は納得できなくても従っておこう、見てみぬフリをしておこうということは多くあります。

まして、その権力を行使する人間が、権力に溺れ、権力を濫用すれば、本人が「仮に」意図しないことであっても、忖度されてしまう状況が生まれます。したがって、権力を預かる者は、より慎重に自らを律しなければなりません。

周囲に忖度させるような状況を作り出したとすれば、その原因は権力者自身にあると考えるべきでしょう。

 

昔から「天網恢恢疎にして漏らさず」なる言葉がありますが、悪事はいつかバレるのです。お天道様に顔向けできないようなことはしちゃいけない、と年寄りは言っていました。水戸黄門に代表されるような時代劇では、悪事が働かれている現場を忍者が見ていたり、言質を取ったり、証人がいたりして、最後は「この紋所が目に入らぬか!」となるわけです。葵の御紋は、ある意味で絶対的な権力すぎて公正かどうか検証さえ許さぬかもしれませんが、権力に対するチェック機能が必要なのは今の時代も同じでしょう。

ときに見苦しい悪代官が、部下に責任を擦り付けて自分の保身を図ろうとしますが、そうなれば部下の反発を買って裏切られるばかりか、「潔し」を是とする日本人気質が「そりゃないだろ」という感情を芽生えさせます。

 

何の事とは言いませんが、バラバラと思うところを書いてみたわけです。

要は、さすがに今回ばかりは問題の本質が今までとは違うということと、その事の大きさを考えれば権力者は潔く責任を取る必要があるということですかね。まぁ、爺の戯言と言いますか、色々な報道を見ていた感想ですが。

 

あ、ちなみに昨夜このブログを公開した時点と、今とでは、内容が全然違います。〇〇ネタは扱わないというこのブログの基本をお話していたことを思い出し、それとの整合性を取るために書き換えしましたので。悪しからず。

 

以上、「時事の戯言」でした。