MASA日記

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マニアな小ネタの世界 第44回~おはぎ・ぼたもち論争~

3月2日 金曜日 マニアな小ネタの世界第44回

 

こんばんは。

まだ寒い日が続いていますが、昔から「暑さ寒さも彼岸まで」と言います。そんな境目と言われる春のお彼岸が、あと数週間後に控えています。

 

■ お彼岸とは

彼岸とは、春分の日秋分の日を中日とし、その前後3日ずつ、合計7日間を指します。仏教の世界では、煩悩に満ちた我々が生きている世界を「此岸(しがん)」と呼び、この此岸にある者が修行をし、煩悩を断ち切って辿り着く悟りの世界を「彼岸」と呼ぶそうです。その修行期間が彼岸の7日間であり、少しでもその距離を縮めるよう先祖供養を行う習わしができたそうです。日本が仏教の流れを汲んでいることが分かりますね。

 

■ おはぎ・ぼたもち名前論争

さて、彼岸なる日がどのようなものかを触れたところで本題です。

年間に2度やってくる彼岸は、春分の日秋分の日を中日とすることは先に述べたとおりです。つまり、春と秋にお彼岸はやってきます。

その時期になると、どうしてもわたしの心を奪うのがおはぎです。しかし、こいつはぼたもちとも呼ばれていて、なんだかややこしい食べ物なのです。

実は、おはぎとぼたもちは同じものだとする説があります。春には牡丹の花に似ていることから牡丹餅=ぼたもち、秋には七種の一つ萩に似ているからおはぎ、と名付けられたという、結構な有力説だそうです。しかし東京生まれのうちの母は、季節問わずおはぎと呼んでいました。どうやら東京ではあまり区別しないようです。

それ以外にも、もち米を主に使うのがぼたもち、うるち米を主に使うのがおはぎだとする説もあれば、漉し餡がぼたもちでつぶ餡がおはぎだとする説もあり、果ては餡がぼたもちできな粉がおはぎだとする説も入り乱れて、おはぎ・ぼたもちに掛かって大論争があるのも事実のようです。個人的には、両者には違いは無く、昔の人が季節に応じた言葉遊びをしたものだ、と思っていますが。

いずれにせよ、美味しければ良い、というのがわたしの結論です。

 

■ おはぎ・ぼたもち主食論争

コイツがややこしいのは、名前だけに留まらないところです。

はたしておやつなのか、はたまた主食なのか、これはわたしと知人の間でも激論が交わされた過去があるほどです。簡単にケリをつけようとwikipediaを読めば、「米粒が残る程度に軽く搗いて丸めたものに餡をまぶした食べ物」と濁して書かれています。

わたしはおやつだと思っています。おはぎ・ぼたもちを白米の代わりとして、主菜・副菜を食べるのは甘すぎて違和感がありますし、時期が来れば和菓子屋さんや、スーパーの和菓子コーナーに並べられるのであって、米屋やお米コーナーには並ばないからです。やはりおはぎ・ぼたもちは、あくまでデザート、おやつなのだと。

しかし、ある友人に言わせれば、米を使って作ってるのだから主食だと言い張るのです。これには真っ向から反論しました。和菓子の定番である桜餅や柏餅は、wikipediaでも「和菓子」と明記されていますが、これらはいずれも餅、つまりもち米を使って作られています。そして、こうした食べ物が和菓子であることは彼らも認めるのです。

彼らの主張に沿えば、もち米を使って作る桜餅や柏餅も主食であるはずです。なぜなら、もち米を使って作った食べ物だからです。こうして反論すると、彼らは決まって「まぁ、そうだけど」と言葉を濁し、「おはぎってほとんど食べないし」と、まるで興味が無いと言わんばかりの捨て台詞で終幕するのでした。

ただ、調べてみると、おはぎ・ぼたもちを主食だとする論調も根強いようです。あれは主食なのか、おやつ・デザートなのかでネット上でも様々な意見が飛び交っています。

 

■ 結論

しかし、正直なところ、わたしは美味しければそれで良く季節感を大切にする和菓子良さを味覚・視覚で楽しめれば満足なのです。

青海苔やゴマのおはぎ・ぼたもちも美味しいですよね!ずんだや納豆など、地方色のあるおはぎ・ぼたもちもあります。こうして論争している暇があれば、一つ二つと頬張りたい気分です。日本の食文化の一つ、和菓子を大切にしたいですね。