MASA日記

働き方、お金のこと、趣味のこと、ニュースなど、徒然なるままに書いています

時事の戯言 第10回~制服の問題~

2月12日 月曜日 時事の戯言第10回

 

おはようございます。

今日は振替休日、三連休最終日ですので、朝からの更新です。月曜日テーマ見直しで始まった「時事の戯言」も今回で10回目となりました。取り上げるのは、先週から話題となっている公立小学校の制服問題です。

 

■ 事案の概要

東京都中央区立泰明小学校は、1878(明治11)年創立の、銀座5丁目にある公立小学校です。この小学校の制服問題について賛否(主に「否」)が沸き上がっています。

銀座と言えば、全国でも名の知れた古くからのオシャレな街です。その銀座にある小学校に通う誇りや、「服育」なるもの、ビジュアルアイデンティティーを体現するものとして、来春から標準服を変更することを決定したのでした。

問題は、その新しい標準服を担うのが、有名ブランド「アルマーニであり、一揃えすれば8万円以上の価格になることが判明したことです。しかも決定過程では価格が知らされていませんでした。このため、概ね批判的な意見が、保護者から寄せられ、ワイドショー等でも取り上げられているのです。

ちなみに現行の標準服は男子で1万8千円弱、女子で2万円弱と言いますから、4倍近くに値上がりすることになりますが、既に現在の標準服の生産ラインを止めてしまい、一方でアルマーニは生産を始めてしまっているようで、後戻りもできない現状です。

 

■ もしも・・・

仮定の話です。仮に、校長が選定した新しい標準服の価格が現行標準服並だったとした場合、”銀座にある小学校だけにブランドを意識した”程度のことで、面白おかしくニュースにされたかもしれませんね。おそらく、少なくとも批判的に捉える意見は半分程度に減るのではないでしょうか。

そう考えると、この約8万円という価格が大きな論点の一つであることは間違いありません。個人的に言えば、高すぎでしょ!と思っています。多くの方が指摘されるとおり、子どもの貧困問題が取り沙汰され、給食費もままならない家庭がある中で、いきなり標準服を変更し約8万円の負担を強いるのは、相当問題だと思います。

買えない家庭の子はどうするのか、そうした親や子どもの気持ちをどうするのか、といった声が上がるのは、必然的な流れでしょうね。

 

■ しかし・・・

この記事を書こうと調べる中で、一つ気になることが判明しました。この泰明小学校は、入学条件を受け入れた銀座在住者と学区外の在中央区の希望者が抽選で就学できる特認校なのだそうです。つまり、一般的な公立小学校とは少し違う、公立でありつつ私立的な色を持つ、少数教育の学校という位置づけのようです。

そして、わたしは知らなかったのですが、公立学校の制服について決定権は、概ね校長が持っているのだそうで、泰明小学校の校長が言うとおり、「校務をつかさどる校長が決定した」こと自体は問題が無いようです。

加えて、約8万円と報道されている標準服一式ですが、購入必須なものはそのうちの約4万円であり、残る約4万円は任意で購入所持するものだと判明しました。つまり、購入必須なものに限れば、親の負担は2倍強ということになります。

こうなると、熱を帯びていた批判の割合も、僅かには下がるかもしれません。

 

■ 時事の戯言

「公立小学校」の校長が、「独断」で制服を変更し、ブランドを「アルマーニ」としたため、「約8万円」の高額な負担を親に強いる、ということが批判されています。

「私立小学校」の校長が、「独断」で制服を変更し、ブランドを「アルマーニ」としたため、「最低約4万円」の高額な負担を親に強いる、となれば、どうでしょうか。

 

わたしは、それでも批判的な意見を持つ立場です。大きな問題は二点。

一つめは、8万円であれ4万円であれ、現在よりも高額な出費となることについては、教育委員会や保護者としっかり協議すべきだったと思うからです。仮に校長の専権事項であったとしても、校長が全額負担するわけではありません。とりわけ昨今の子どもの貧困問題に照らせば、保護者への説明や配慮が大きく欠けていたと言わざるを得ません。他の有名ブランドにも打診していたそうですから、校長としては是が非でも有名ブランドの標準服にしたい、という校長の思考・嗜好を押し付けたことが背景なのでしょう。

二つめは、これこそ問題の本質だと思うのですが、小学生にとって重要なのはブランドでは無いということです。校長の言う「服育」なるものの意味は不明ですが、そういう外見的なことよりも、まずは内面の人間性や、集団で生活することの大切さを学ぶ時期が小学生です。ブランドに魅せられたり、現を抜かすのは、大人になってからで十分でしょう。もちろん、有名校に通う生徒が制服で誇りを感じることは否定しませんが、いかにも批判された後の後付けのように聞こえてなりません。あえて有名ブランドに委託しなくとも、歴史と伝統に誇りを持てる制服はたくさんあるのですから。

結局のところ、ブランド志向を強く持った校長が、権限を盾に独断で新しい制服を決め、親の経済負担等は顧みずに後戻りできないところまで突き進んだ。その後に判明した価格が高額で批判を浴びたため、諸々の尤もらしい大義名分をつけて理解を求めた、という、極めてお粗末な話なのだと個人的には理解しています。結論としては、わたしも大きく否定的な意見を持っています。まぁ、爺の戯言ですけどね。