MASA日記

働き方、お金のこと、趣味のこと、ニュースなど、徒然なるままに書いています

2017年を振り返って

12月31日 日曜日 2017年を振り返って

 

おはようございます。

ついに2017年も大晦日の今日を残すのみとなりました。日曜日は「今日は何の日?」がテーマですが、さすがに大晦日については書くまでもないでしょう。

 

2017年最後の日、この1年を振り返って、皆さんいかがでしたでしょうか。

経済が好調だと言われても、わたし個人はあまり実感は無いですね。

国際情勢も不安定で、どこか間違えれば大事に至りそうなきな臭さを孕んでいます。

国政は「1強」という安定感と、それ故の傲慢さが表裏一体見え隠れしています。

ここ数年、名だたる大手企業の足元を揺るがす事態が起こり、今年もまたいくつも問題が浮き彫りになりました。

親族間での刑事事件、凶悪な犯罪、ネットを使った犯罪なども後を絶ちません。

こうして見ると、世の中には暗いことがたくさん蠢いた一年だったように感じます。

それでも、よく考えてみると、一人一人の生活は、そうした大きな事とはほぼ無関係にあって、多くの人が真面目に勤勉に、そして平和に暮らしているのが日本です。

 

このブログで、東武東上線での人身事故について過去に書きました。今年もまた同線では12月に入り4件の人身事故が起こり、うち2件は19歳、13歳が尊い命を失いました。いずれも自ら命を絶ったものと思われます。

こうした話を取り上げながら、いつも思うことがあります。これだけ少子高齢化が叫ばれ、やっと生まれてきた貴重なはずの命が、自ら死を選ばなければならない環境って何なのだろう、と。「普通」に生きようとすれば、衣食住に困ることはほぼ無く、宗教や思想による対立も、銃による脅威もほぼ無い日本に生まれながら、最悪の方法を選ぶ命を見ると、もっと自ら発信し、もっと周囲が目配り・気配りしていれば、もしかして救えた命だったのではないかな、と残念に思うのです。

わたしも中学時代、いじめに遭いました。何度も死のうと思いながら、死ねませんでした。命の重さを考えたとき、自ら死ぬことがバカらしく思えたのです。

 

2011年3月、日本は「普通」「平凡」である日常が、いかに尊いかを学んだはずです。そして、天災により失われた数多の命に対し、悲しみを覚えたはずです。

こうして今、それぞれが繰り返される毎日を一生懸命生き、ときに笑い、ときに泣き、家族や友人が周りにいる、この「普通」であることのありがたさをもう一度思い出すべきではないかな、と感じたりします。

 

世の中には、もっと温かで、もっと優しくて、もっと明るいことがたくさん溢れています。そうしたことにメディアも個人も目を向けて、「普通」を生きていることに小さな幸せを覚えるような、そんな2018年であって欲しいと、わたし個人は思っています。

 

2018年もこのブログを続けていきたいと思っています。このブログでは、なるべくネガティブな気持ちにならないよう、書いていければいいな、と思いますので、引き続きよろしくお願い致します。皆様、良いお年をお迎えください。