MASA日記

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保険+α 第32回~保険が果たすべき役割~

12月21日 木曜日 保険+α 第32回

 

こんばんは。

今夜は最近立て続けに出された判決を踏まえ、その結論と保険の関わりを考えたいと思います。保険が果たす役割は、ときに裁判官の判断さえ左右していることもあると感じるのですが、保険が果たすべき意義について、今一度考えたいと思います。

 

■ 学校での事故と損害賠償

学校で起きた事故について、巨額な損害賠償を認める判決が2件ありました。

1件は、学校の自由遊泳の時間に飛び込み台から飛び込んだ男性(20・事故当時14)がプールの底で頭部を強打し、頚椎損傷により後遺症が残ったケースで、町が1億9,500万円を支払うことで和解したという事案(香川県)です。

もう1件は、公立高校での部活動中、鉄棒から落下した男性(25・事故当時18)が床に頭部を打ち付け、胸から下が動かなくなる障害を負ったケースで、府に約1億9,000万円の支払いを命じる判決が下った事案(大阪府)です。

他に東京でも組体操中の事故で訴訟が起こされるなど、学校管理下の、特にスポーツ中の事故での訴訟が目立っています。学校には安全管理の義務が生じる一方、被害者の熟練度にも差があり、一定の危険を伴う(あるいは危険を受忍する)スポーツ中という環境での事故に対して、その判断の難しさがあると思います。

上記2例はいずれも公立学校ですから、都道府県・市区町村という行政が被告となり、和解なり判決なりの当事者となっています。そうした当事者には「予算」がついて回るわけで、和解や判決を受け入れるかは吟味が必要になるのです。そうしたとき、背後には「保険」(損害保険)というものが存在します。私立学校で考えれば容易に想像できると思いますが、学校活動で生じるリスクをすべて学校が負っていると、部活動や課外活動はおろか、校内の日常生活さえリスクの温床です。そこで「保険」にリスクヘッジすることになるわけです。上記2件がどうかは知りませんが、これは公立学校であっても、都道府県・市区町村の活動に対する保険がありますから、同様です。

仮に上記2例で「保険」が存在していたならば、被害者を救済するという大義と、学校活動の確保という社会的な意義を「保険」が補償していることになります。

ちなみに、学校活動には独立行政法人日本スポーツ振興センターによる「災害共済給付」というものもあり、広く学校活動の確保に役立てられています。

 

■ 個人の過失と損害賠償

2013年、世間の注目を浴びた自転車事故の判決がありました(兵庫県)。自転車に乗っていた当時小学5年生の男の子が、歩行者の女性(67歳)と衝突し、男の子の母親に対し約9,500万円の支払いを命じる判決が下ったのです。

小学5年生の子どもが起こした事故ですから、民法714条に基づく監督義務が発生し、母親が損害賠償義務を負うこと自体は自然な流れです。しかし、その自転車と歩行者の事故という”軽微”な印象と、下された約9,500万円という賠償額のギャップで、にわかに注目を集めたのだと思います。結果、全国的な自転車保険の広がりや、個人賠償責任保険の重要性がクローズアップされることになったのですが、個人的にはこの金額について特段の違和感を覚えません。平均的な余命と、被る不自由さを補う介護費用や慰謝料等、ごく当然に発生するであろうものと考えます。

仮に本件で個人賠償責任「保険」が付保されていたとすれば、まさに過失に因る事故ですから、加害者の”万一”を補償し、加えて被害者救済に資する「保険」となります。

ちなみに「被害者救済」と書いていますが、仮に判決が下っても、加害者に賠償資力が無ければ被害者は泣き寝入りすることになります。先の学校管理下事故と異なり、個人が加害者の場合「保険」があることで被害者が救われるケースは多くあると思います。

 

■ 個人の重大な過失と損害賠償

ここまで見た事例は、まさに「保険」という制度が社会や個人に寄与した例です。

ところが、同じ自転車事故でも、先日報道されたケースでは違ってきます。

スマートフォンを操作しながら電動アシスト付自転車に乗っていた女子大生が歩行者に衝突し、相手の歩行者が死亡したニュース(神奈川県)は、皆さんご存知だと思います。刑事上は重過失致死で書類送検されており、民事はまだ動き出していませんが、女子大生には、右手に飲み物、左手にスマートフォン、耳にイヤホンという視覚・聴覚を遮る要素満載で自転車を運転した大きな過失があります。こうした人を見掛けることもあり、”危ないな”と感じますが、本人は何とも思っていないのでしょう。

さて、仮に彼女が個人賠償責任「保険」に加入していて、被害者の死亡に対する巨額な損害賠償義務を負った場合、「保険」はどうなるのでしょうか。

実は多くの個人賠償責任保険は、「故意」を免責とする一方で、「重過失」を免責としていません。つまり、このケースで女子大生が損害賠償義務を負い、その判決に基づき彼女が保険請求すれば、保険金が支払われるのです。

わたしはこの結論には一種の違和感を覚えます。「保険」が被害者救済に資する意味では本件でも意義を果たすことに違いがありません。一方で、刑事的処罰を受けたとしても、これほどの結果を招き、一般常識的に見て問題のある運転をした加害者を「保険」が救ってしまうことは、加害者を教育するという観点で見た場合に疑問を抱くのです。自動車保険ならば等級が下がる等のペナルティもありますが、個人賠償責任保険はたかだか数百円の世界、そうしたペナルティルールもありません。

 

こうして見たとき、被害者救済、社会制度の下支え、加えて加害者の”万一”への補償というバランスをどこで取るのか、そこに「保険」がどのように役割を果たすのか、その在り方や意義が難しいだろうな、と思ってしまうのです。