MASA日記

働き方、お金のこと、趣味のこと、ニュースなど、徒然なるままに書いています

時事の戯言 第4回~とある問題~

12月4日 月曜日 時事の戯言第4回

 

こんばんは。

 

11月改編で始まった「時事の戯言」、お陰様でここまで3回は、いずれも予想を超えるアクセスをいただき、読んでくださった皆様には感謝しております。

 

今夜はまさに時事ネタなのですが、あまり明確に書くと批判めいた話になってしまうので、何についてわたしが思っているか、書いているかはお察しいただければ幸いです。

 

■ 本件の本質

その”事件”は、ニュースや新聞、ワイドショーなど入り乱れて、連日報道を見ない日は無いのですが、当事者のみならず、外野含めて口々に意見を述べるため、論点がどんどんズレていき、大切なことが論じられていない気がします。

”事件”の加害者は、被害者に対して暴力を振るった事実を認めています。理由はどうあれ、正当防衛でもない限り許されない暴力を加えてけがをさせたのです。これが本件の肝であり、その行為に対して被害届が出され、加害者が事実を認めているのですから、あとは刑事事件として然るべく処理されるのみです。

一般社会の出来事に置き換えれば、至極当然なことであり、被害届を出すことについても、加害者が相応の処罰・処分を科されることも、何ら不思議は無いはずです。

 

■ 複雑化

ところが、至ってシンプルなはずの傷害事件を、外野が複雑化させています。

①量刑の問題

既述のとおり、本件は普通に考えて傷害罪の”事件”です。そのことをハッキリさせた上で、次に量刑をどうするか、という問題になりますが、当初より「何を使って」「何発暴力を振るった」かという話題が先行している感があります。それは加害者が、いかに酷い暴力を加えたかを報じ、同時に居合わせた人がそれを黙認したかを報じる、煽るような報道に見えました。事実は一つしか無いのですから、それは今、警察が総合的な調査を行っているので、結果を待ちべきことではないでしょうか。

②加害者の立場

しかし、報道を過熱させたのは、加害者が世間的に注目を浴びるべき、そして品格を求められるべき立場の人であっただけに、世間が批判を浴びせるに至ります。

個人的には、もちろんその立場の人にはより一層の自覚を持って欲しいと思いますが、あくまで傷害事件の加害者である、ということで今は捉えておくべきでしょう。

③組織問題

本来は、警察の結果、はたまた裁判に至ればその結果を待って然るべきなのでしょうが、なぜか加害者・被害者が属する組織は、警察の結果等を待とうとしません

自浄作用が機能していれば、そもそもこんな”事件”は起こらなかったでしょうが、そのガバナンスの無さを恐れてか、あるいはそこから波及する何かを気にしているのか、単に自分たちが情報収集したいのか、とにもかくにも落ち着きません。

その関連する委員会や、その組織と関係を持ってきた方々も同様で、なぜか加害者寄りな発言が目立ちますし、感情的に被害者側を責め立てる様子も見られます。

それが過熱するほど、一般の人の反応が冷たくなることに気づかないでしょうか。

④傍観者の立場

さらに問題を複雑化させているのは、その場にいたとされる、とても偉い傍観者の存在です。彼は、加害行為の実態から、処分、着地点、被害者側への対応まで、まるで本件の筋書きを書く作家のごとく、媒体等を通じて働きかけを行っています。

しかし何度も言いますが、一番大切なのは、加害者が被害者に過剰な暴力を加えてケガを負わせた傷害事件であり、現在警察の調査を待っている状況であるため、静観する他ないということではないでしょうか。この傍観者も、品格を求められるお偉い立場にあり、加えて③で述べた組織に大きな影響力を持つようで、まるで呼応するかのように③の組織もそれに沿った対応を続けています。

⑤コメンテーター

こうした混とんとした状況について、連日様々な立場の方がコメントをするわけです。被害者側の行動を不可解と断じて加害者擁護に走る方、そうした状況を批判する被害者擁護の方に分かれ、当事者以外でコメントが飛び交うので、外野が騒がしいです。

加えて、日本国内にとどまらずに外国の方も独自に発信を続け、煽る始末です。

 

わたしは、あくまで大切なのは、暴力を加えた事実があったことであり、その全容と量刑は然るべき機関が調査を行っているのだ、ということだけだと思います。

③の組織が独自に調査を行ったことも、加害者自身が身を引いたことも、本件の捜査に対して何らの影響を与えてもいけないことだと思うのです。

 

■ 時事の戯言

わたしも思っていましたし、どなたかも発言していましたが、いじめ問題の構図を見ているかのようで、とても不愉快な気持ちになります。

いじめ問題に例えるなら、加害者・被害者が事実を認め、被害者の親が警察に届け出て調査している最中に、加害者の親が被害者の態度をなじったり、監視不行届きを恐れた学校が事件を隠蔽しようとしているかのようです。

さらに、この加害者はグループで、実際に手を加えていないであろう傍観者が、「この件はこうだったよな」「被害者の態度があまりに目に余ったのが原因だ」等と、まるで示し合わせるかのように筋書きを先行発信し、学校も”その筋書きなら乗れる”とばかりに追認しているのです。本来は、傍観者とて注意すべきところ、彼の反抗を抑えられない学校は黙認する始末、まるで問題児に手を焼く教育現場そのものです。

やがては加害者の親も、「筋道通してるのになんだ!」とばかり、反省どころか被害者やその親を非難するモンスターペアレンツぶりで、見ていて痛々しく感じます。

もう少し頭を冷やし、警察や然るべき機関の成り行きを見守ることはできないのでしょうか。言ったもの勝ちでもなく、あくまで事実に従う、ここは法治国家のはずです。その組織とて治外法権ではないのですから。すべての当事者の品格に疑念を抱くここ最近の”事件”が、今後どのように決着されるのか、注目しています。