MASA日記

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乗り物 第40回~懐かしのバブルカー 第1回・レパードJ.フェリー~

10月3日 火曜日 乗り物第40回

 

こんばんは。

最近、世の中ではバブルブームですが、クルマの世界に関してはその様相は呈していません。いわゆるバブルの時代には、「世界初」「日本初」といった文字が飾られ、先進技術を惜しみなくつぎ込んでいましたし、開発にかける意気込みが違った気がします。そんな開発陣の想いと裏腹に、残念な結果に終わってしまったクルマたちも少なくありません。バブルゆえに誕生し、バブルの恩恵を受けることなく散ったクルマに、バブルブームの今、もう一度スポットを当ててみようという企画です。

 

栄えある第1回のクルマは、日産「レパードJ.フェリー」です。

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はたして現在、何個体がこの世に生き残っているのでしょうか。それくらい見掛けませんね。バブル絶頂期に向けて鰻上りに売れまくった日産高級車群は、1987年発売のY31型セド/グロ、そのストレッチ版であるY31型シーマあたりでピークを迎えます。

しかし、その勢いに陰りが見え始めます。

まずはインフィニティQ45の失敗でしょう。”斬新すぎる”デザインが受け入れられず、ライバル・セルシオに大きく引き離されてしまいます。

さらにクラウンの上位車種・マジェスタを迎え撃つべく、当時としては異例の4年を待たないフルモデルチェンジで、人気のY31型シーマを2代目にバトンタッチしますが、これもまた初代ほどの勢いはありません。

そんな日産の斜陽ぶりを物語るクルマこそ、「レパードJ.フェリー」でしょう。

 

トヨタソアラと並び”ハイソカー”の代名詞である「レパード」が誕生したのは1980年。ブルーバードの上位にあって、ローレルやスカイラインとは異なる大人のグランドツーリングとして、ソアラより一足早く誕生した「レパード」ですが、いま一つ位置づけがハッキリしませんでした。それは、初代に4ドア/2ドアを設けながら、2代目はスタイリッシュな2ドアのみとしたあたり、迷走ぶりが窺えます。

そして行き着いた先が、4ドアセダンのみとなった3代目、しかも名前も「J.フェリー」という意味不明なサブネームがついてしまいます

しかし、バブル期に潤沢な資金をバックに開発されたこのクルマ。きちんとお金はかけてます。エンジンはシーマ共通の4.1ℓと、先代にも搭載された3.0ℓの二本立て。この外観からは想像できないくらい、キビキビした走りも実現していたそうです。

さらに、イタリアはポトローナ・フラウ製(表皮のみ)の本革シート(約80万円)や、西陣織シートをオプション設定するなど、お金の掛け方を間違ってしまった感があり、一部の”変わったもの好き”な人以外には見向きもされない存在でした。

その上、日本ではほぼ不人気確定の”尻下がり”ルックの外観は、当時のブルーバードSSS系とともに需要が乏しく、約7,300台の総販売台数に留まりました。

 

それでもわたしは言いたい。中に乗れば、細やかに行き届いた開発の痕は間違いなくバブル期に作られた証ですし、良いクルマではあるんです。実力的には黙殺されるようなクルマではないのに、残念な結果に終わってしまったバブルの果実たる「レパードJ.フェリー」(なぜこんなサブネーム付けたんだろ・・・)に、合掌。