MASA日記

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マニアな小ネタの世界 第24回~絶望的な詩の世界~

9月15日 金曜日 マニアな小ネタの世界第24回

 

こんばんは、マニアな小ネタの世界第24回目の今夜は、作詞家・阿久悠(1937年2月7日~2007年8月1日)さんの作品で、強烈な印象を残す、ある歌謡曲について取り上げます。阿久悠さんは、日本を代表する、稀代のヒットメーカーですが、わたしの中でこれほどまでに強烈なインパクトを与えられた歌はありません。

1970年、わたしが生まれる前に発表された、北原ミレイさんのデビュー作「ざんげの値打ちもない」です。

 

この作品は、ある”女”(作品の性格上、敢えて「女性」と表現しません。悪しからず)が過去を振り返る形で淡々と進みます

1番で唐突に「あれは二月の寒い夜」から始まると、まだ14歳だったこの”女”は、寒い夜に薄暗い部屋で”男”に抱かれたことを暗示します。続く2番で15歳になったこの”女”は、”安い”指輪と”一輪の”花を贈られて(何かを)捧げたと述べるのです。3番では、それから4年以上年月が経った19歳の夏、”女”は”男”を憎んでおり、細いナイフを持って”男”を待ち構えていた、と語ります。

まだ中学生であるはずの”女”が男と性的な関係を持ち、そこから「安上がりな」贈り物で事実婚のような関係に至ったものの、その関係は長続きせず、いつしか”女”は”男”を憎むようになった、というストーリーです。そして3番までのすべてに共通する形で、「愛と云うのじゃ ないけれど」という歌詞が組み込まれているんです。つまり、初めての経験をしたことも、事実婚の生活に入ったことも、その生活を続けたことも、愛があったわけでは無く、衝動的で打算的な何かによってなされたものだと述懐するのです。

 

「そしてこうして 暗い夜」と続く歌詞は、もはや年も忘れた”女”が、「わたしは話してみたかった」という形でこの物語を締めくくるのですが、その”女”が話した人生は実にゴミのようなものであり、大切なはずの人生を無駄に過ごしてきたという自虐を込めてか、「ざんげの値打ちもない」と切って捨てるわけです。こうして自嘲・自虐をする”女”と対比する形で、1970年の街にはゆらゆらと灯がともり、みんな祈りをしていると表現することで、より一層この”女”の破滅を描いています

共通して出てくるフレーズ「愛と云うのじゃ ないけれど」をタイトルにすることが多いと思うのですが、仮にこの曲にそのタイトルをつけていたとすれば、まだ”女”に未練や迷いが感じられます。自己弁護をしようとする匂いを残してしまうのです。しかし、何年かすら分からない自分の人生を「ざんげの値打ちもない」と表現することで、もはやそこには未練や迷いなど何も無く、「話してみたかった」だけなのだと締めくくることで、虚無感さえ抱かせます。そこまで”女”に言わせる人生は、好奇心なのか打算なのか分かりませんが、遊び相手の”男”との関係から狂い始め、すべてを棒に振ってしまうのです。

そうした底辺に”女”が落ちた理由は、3番の歌詞で暗示されています。「愛と云うのじゃ ないけれど」4年以上を過ごした”男”に「捨てられつらかった」”女”は、細いナイフを光らせて憎い”男”を待っていたのです。そこには、何か社会的に制裁を受けるべき「罪」がほのめかされています。ナイフを使って行った何かにより、”女”の人生は「ざんげの値打ちもない」ほどのものとなってしまったのです。

 

ご存知の方も多いと思いますが、実はこの曲には”幻の4番”が存在します。阿久悠さんの亡くなった後、2008年のNHK「歌謡コンサート」において、歌い手である北原ミレイさんがそのことを明かし、1970年という時代にはそぐわないという理由でカットされたと述べています。その番組内では、北原ミレイさん自身の記憶をもとに”幻の4番”が組み込まれ、完全版の形で歌唱されました。

あれは何月 風の夜 とうに二十歳も 過ぎた頃 鉄の格子の 空を見て 月の姿が さみしくて 愛と云うのじゃ ないけれど わたしは 誰かが 欲しかった

これが4番の歌詞です。やはり”女”はナイフを使った罪を犯し、その相手はおそらく憎い”男”であり、捕まった”女”は獄中で過ごしていたことが分かります。これを受けた5番で「年も忘れた」としているので、獄中生活もそれなりの長さだったのだと思いますが、刑期を終えた”女”が行く当てもなく町を彷徨いながら、「ざんげの値打ちもない」人生を語っている歌なのです。3番と5番で、その行間にあったものの推測はできますが、4番が入ることでパズルがはまるように符合しますね。

 

それにしても凄い歌です。男女の肉体関係、未成年の恋、男女の愛情関係、夫婦関係などに焦点を当てる曲はいくつも存在します。しかし、これらには焦点も当てずにさらりとやり過ごし、後年の人生から”そんなこともあったわね”程度に済ませ、最後に「ざんげの値打ちもない」と切り捨てるこの曲は、”わたしの人生なんてそんなもんよ”とでも言いたげな、これ以上ない絶望的な世界を描いている気がするのです。

 

これをデビュー曲で歌った北原ミレイさんは、どう感じられたのでしょうね。とても失礼ながら、この曲は北原ミレイさんという歌手だったからこそ、上手に表現されたと感じます。愛知県の高校卒業後、上京してナイトクラブで歌っているところを阿久悠さんに見出されたのですが、ナイトクラブという場所や、彼女自身が放つ雰囲気、そしてかすれた独特な声質が、この曲の”女”のイメージに合うのです。彼女のすべてをフルに発揮させたであろうこのデビュー曲は、物議を醸しだすほどのインパクトを持って世に迎えられました。

 

実は月曜日に更新している「歌謡曲」で、彼女の歌う「石狩挽歌」を取り上げようと思っていたとき、昔聞いたこの絶望的な曲を思い出し、急遽、「マニアな小ネタの世界」でこちらを扱うことにしました。ところで、今一度この詩を読み返してみて、疑問に思うところがあるのです。”女”の誕生日です。

1番の歌詞では「二月の寒い夜 やっと十四になった頃」とあります。しかし2番の歌詞では「五月の雨の夜 今日で十五と云う時に」ときます。さらに三番では「八月暑い夜 すねて十九を超えた頃」と続くのですが、あれ?と思いませんか?1番の歌詞だと誕生日は1月か2月頃。2番の歌詞では誕生日は間違いなく5月でしょう。しかし3番では8月、百歩譲っても7月あたりに誕生日を迎える内容です。

最も確定的な2番の5月を誕生日に据えるなら、1番で歌う2月は「やっと十四になった」ではなく「もうすぐ十五になる頃に」でしょうし、3番は「すねた十九に慣れた頃」でしょう。歌詞がすべて対になる形で並べられているので、その関係上、やむを得なかったのかもしれませんが、阿久悠さんほどの作詞家ともなれば、何かしら意図があったのかと勘繰りたくなります

わたしは当初、”女”は複数人だったのかと仮定しました。3人の”女”がいるのだと。しかし、どう読んでも歌詞は一連ですし、”幻の4番”まで入るとさらにストーリーに一貫性が出るので、やはりある”女”一人の人生を描いていると捉える方が自然です。結局わたしの今の稚拙な想像力では、もはや「ざんげの値打ちもない」とさえ思っている”女”にとって、年齢も何もかもどうでもよくなってしまったことを、この整合性に欠ける誕生日を使って表現しているのだと解釈しています。だからこそ、長きに渡った獄中生活も相俟って、5番で「年も忘れた今日のこと」と、年齢には関心すら無いと歌っているのかと。

作詞家・阿久悠さんが亡くなった今、もはや真相は分かりませんが、人の人生というストーリーをこれほど簡潔に纏めあげ、しかも「ざんげの値打ちもない」という言葉ですべてを遮断してしまう破壊力は、やはり阿久悠さんの作詞家としての偉大さを物語っていると思います。

 

過去の歌謡曲である「ざんげの値打ちもない」。ネット上でも”完全版”の動画もありますので、北原ミレイさんの表現とともに、視聴してみてください。