MASA日記

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今日は何の日?~8月6日編~

8月6日 日曜日 今日は何の日?

 

おはようございます。

 

今から72年前の1945年8月6日、午前8時15分、広島市外に原爆が投下されました。その8月6日は、「広島平和記念日」とされています。

 

わたしは広島市に2年間、勤務で赴任したことがあります。中四国最大の都市でありながら、交通の要衝が岡山であるせいか、どこかこぢんまりと発展している印象を受けた広島市は、川が多く流れ、山も多い、自然豊かな穏やかな街です。

わたしはマンションから平和記念公園を通って、紙屋町付近まで徒歩通勤していたのですが、平和記念公園での光景に衝撃を受けました。

 

それは、地元の方が、老若男女問わず、徒歩であろうと自転車であろうと、慰霊碑の前に来ては帽子を取り、深く祈っている光景です。とりわけ、8時15分に鳴り響く平和の鐘の音の頃は、そこかしこで祈りを捧げる姿が見られます。

 

日本という国は、宗教に対して寛容な一方、熱心な宗教国家では無いと思います。それゆえに、何かを祈ると言えば、特定の事象以外に目にすることは少ないですが、広島で目にしたこの祈りの光景には、驚いたわけです。

地元出身の会社の後輩に聞いてみると、やはり8月6日は特別な日であり、8時15分になると平和の祈りを捧げることは、幼い頃からの習慣なのだとか。

 

わたしはこの祈りを宗教的とも思いません。むしろ、そうしたことを超越し、今目の前にある平穏な毎日への感謝と、信仰や思想に関わらず世界平和に対する祈りと、かつて命を落とした方々への哀悼の意を捧げる、澄み切った心からの祈りなのだと思います。そのことを知り、わたしも毎朝の通勤時、一度立ち止まっては黙祷しました。

 

一度は終結したはずの東西の対立が、ここに来て再び溝を深めています。西側と言われる国々でも右派勢力が大きくなりつつあります。未だに軍事国家への歩みを強めんとする日本周辺の国家もあり、離れた場所では新たな脅威も生まれています。

 

こうした状況を見るにつけ、人間という生き物は、過去の歴史の陰の部分に学ばない愚かな生き物だな、とさえ思います。力をもって力を制することにより生まれる犠牲には、常に悲しみがつき纏います。今こうして、戦後日本が手にしている平和な日々の意味を、今一度考えるべき日なのかもしれません。

 

 

今日もあと15分で、平和の鐘が広島の街に鳴り響きます。