MASA日記

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【特集】5000アクセス記念 小さな旅

7月27日 木曜日 【特集】5000アクセス記念⑤小さな旅

 

こんばんは。

今夜の5000アクセス記念は、30年前の旅の思い出を振り返ります。当時、四国に住んでいた我が家は、さほどバブル経済の恩恵も受けない中、年に一度だけ家族旅行に行くのが楽しみでした。その旅を振り返ってみます。

 

この年の旅行は、岡山県から鳥取県、そして出雲大社に向かう中国地方の旅でした。

たしか、バブルの影響か、それなりに父の仕事が忙しかった時期でもあり、夏休みが十分に取れなかったことが、近場の旅になった理由だったと記憶しています。

 

それでも、四国で生まれ育ったわたしには、四国を出るというだけで”どこか遠方に行ける”という非日常感があり、とてもワクワクしていました。夕方に仕事を終えて帰宅した父が風呂を終えるのを待つと、当時乗っていたワゴン車に荷物を詰め込み出発。

 

1987年は、瀬戸大橋開通前年とあって、岡山に渡るには宇高国道フェリーを利用していました。自分で打ちながら言葉にしてみて、思わず懐かしさでいっぱいになりましたが、若い方にはまったく馴染が無いであろう、宇高国道フェリーは、当時積み残しも出るほど車が列を作り大賑わいでした。

ちなみに「宇高国道フェリー」は、岡山県野港と、香川県松港を結ぶ航路というところから名前が付けられており、JR四国の運営した「宇高連絡船」が「うこうれんらくせん」と呼んだのに対し、こちらは「うたかこくどうふぇりー」と読みました。

国道フェリーなのは、岡山県香川県にある国道30号線の海上区間であるため、国道フェリーと名付けられており、お隣徳島県兵庫県を結ぶ航路も、当時は同様に国道の海上区間とされていた時代でした。

 

さて、そんな港は多客期は数時間待ちも当たり前の時代です。車を降りて食べるうどんや、夜はカップラーメンの販売機など、何気ないものであっても、子どものわたしにとっては非日常の連続で、何でも美味しいと感じていました。

 

宇高国道フェリー」は、車を降りてほんのり揺れる車両甲板を歩くと、客室階に向かうエスカレーターがあり、本州と四国を結ぶ船の中で最もゴージャスな印象がありました。今思えば、デッキの噴水にシャンデリアなど、絵に描いたようなバブル期のゴージャスな演出ですが、それは時代背景もあり、少し背伸びした気分になったものです。

 

岡山に渡った頃には夢の中。これから始まる旅に思いを寄せながら、振動激しいワゴン車の後席で身を委ねていたわたし。朝陽が差し込んで目を覚ませば、眼前に広がるのは蒜山高原の景色でした。四国の景色とはまた違う、蒜山高原の長閑な風景。

たしか、お店が開くのを待って、蒜山の牛乳で作られた濃厚なソフトクリームを食べた記憶があります。とっても美味しいんです!以来、わたしは蒜山高原ファンです(笑)

 

車はそのまま鳥取県に向かいます。正直、大山の景色についてはあまり記憶も無く、鳥取砂丘も海まで歩いたのは覚えていますが、それほど感動したわけでもありません。

ただ、先日の断捨離のとき、鳥取砂丘のテレホンカードを見て、あのとき買ったお土産だというのはすぐに分かりました。テレホンカードをお土産に買うあたり、あの頃の時代を反映していますよね。勿論、断捨離でも捨ててはいません。

 

こうしてお盆の旅を終えると、四国は晩夏から秋に向かう風情に移り変わります。その節目となる家族旅行が、毎年楽しみだった、とても良い思い出です。