MASA日記

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忘れない3・11 ~あのとき何を考えましたか?~

7月11日 火曜日 忘れない3・11

 

こんばんは。

11日テーマ、「忘れない3・11」です。

 

先日、ネットを通じて知り合った方から、東日本大震災の瞬間、何が頭をよぎったのかという質問をいただきました。

彼は”最後の晩餐”的な質問の趣旨では無かったようですが、それでも”何をしたいと思ったか”という意図だと聞きました。今が最期になるかもしれない、と思った瞬間(と言ってもわたしは仙台市中心部ですから津波による恐怖に直面しておりませんが)、やはり「死」という文字が脳裏にありました。単身赴任でしたから、直後に通じた家族への電話でも、非常に簡潔に「死んでない。大丈夫。生きてる」とだけ伝えたのを覚えています。それだけ命の危機に対峙すると、悠長なことは考えられないのだと知りました。

 

そしてそうした恐怖を経験すると、少し宗教がかった言い方に聞こえるかもしれませんが、”生きていてくれてありがとう””今わたしは生かされている””平々凡々な日々が続くことこそ真の幸せ”といった具合に。そして、老若男女問わず、(表現は良くありませんが)無差別的に慈悲の気持ちで接するようになります。これは恐怖の体験を共有した同士に芽生えるものなのでしょう。

逆に本当に死が迫ると、自らが生きた証、自らの意思を、何らかの形で示そうとするのでしょうね。日本航空123便墜落事故の犠牲者がそうであったように、乱れ飛ぶ機内に悲鳴が響く中、名前と遺志、そして親しい方への感謝を書き綴ったり。

 

したがって、地球が滅びる前日に何をしたいとか、何を食べたい、的なことは危機差し迫るときにはまったく思い浮かばず、です。

反対に、その危機を乗り越えて生き延びたとき、この体験を広く知って欲しい(=同じような体験は誰にもして欲しくない)、生きているこの平凡な毎日の素晴らしさを伝えたい、という気持ちが芽生えました。

あれからもう6年半近くになろうとしています。悲しいかな、人間は忘れることができる動物です。こうして毎月書き綴るのは、自分の備忘録でもあり、自分の中であのときのことを蘇らせる作業でもあるのです。