MASA日記

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忘れない3・11 ~復興相の存在意義~

4月11日 火曜日 忘れない3・11

 

今日は11日ですので、「忘れない3・11」を書きたいと思います。

興大臣とは、復興庁にあって復興庁の事務を統括し、職員の服務について統督することを職務とする大臣をいいます。復興庁は、2011年3月11日の東日本大震災の甚大な被害からの復興を目的にしていますから、まさに被災地、とりわけ東北地方の太平洋沿岸で津波被害が大きかった地域を中心に、地元に寄り添いながら復興を推進していくべき行政機関であり、復興大臣はその長であるわけです。

 

わたしは政治的には右でも左でも無い立場ですし、支持政党なし、いわゆる無党派層の一人です。政治的な意見もなるべく出さないようにしています。

ただ、歴代の復興大臣を見ると、”とりあえず大臣適齢期にある人に大臣やらせないと後が詰まってくるからな”という程度の”軽い”役職に見られている気がしてなりません。

 

今村復興相の発言が非難されていますね。まぁ、大臣という役職にありながら、あまりに言動が軽すぎますね。「言葉の使い方が良くなかったな」と弁明し、一度は拒否した「自己責任」という発言の撤回も受け入れ、謝罪しましたが、言葉の使い方云々、あるいは当初謝罪した”記者に対する態度”の問題ではなく、「自己責任」だと思っていること自体が問題だと思います。たしかに原発を受け入れた地域では、自治体への資金注入や、働き口確保の意味で、一定の恩恵を受けていたことは事実でしょう。しかし、一部では大津波による甚大な被害が予見可能でありながら対策を打たず、結果的にそれが現実のものとなり、居住できずに日本各地に移住を余儀なくされ、中には差別的な扱いも受けていると報道されている昨今。自主避難されている方々は、たしかに”自主的な”避難ですが、健康のこと、今後のことも考慮して、やむなく避難しているわけです。挙句の果てに「裁判でも何でもやればいい」とまくし立てたのですから、話になりません。「誠心誠意職務に当たり、被災者に寄り添い、復興に全力を尽く」すと述べて謝罪・撤回しましたが、そもそも被災者の実態を知らず、理解しようともせず、復興にさほど興味も無い方が、たまたま大臣ポストを充てるために指名されたようなものなので、今後も期待はできません。そんなポストに指名されたご本人も、ある意味では気の毒なのかもしれませんが、大臣になった以上はこうした気持ちで在職されると困ります。

 

今村復興相が個人でそう思っているのは自由ですが、どうやら安倍内閣全体にそうした意識があるのかもしれません。震災では無いですが、岩手県の台風被害を視察した際に、事もあろうに現地職員に背負われて水たまりを渡った務台元内閣府政務官(復興政務官兼務)も同類でした。震災に続き台風で甚大な被害に遭った地域の視察にあたり、長靴を持たずに出かけるということ自体、現地のことを理解していないですし、想定すらしていない、もしかすると現地の映像すら見ずに視察に旅行気分で行ったのかもしれません。それでもズボンの裾を捲り上げて、裸足で渡りでもすればご愛嬌ですが、現地職員に背負わせるという”お偉い方”ですから、非難されてしまいました。この騒動は政府も躍起になり火消しに走ったわけですが、自身のパーティーでつい気が緩んだのか、”長靴業界も儲かったのではないか”という、面白くも無いウケ狙いの発言が暴露されました。「職責を全うしていきたい」と、お決まりのフレーズで延命を図ろうとしたようですが、どなたかの逆鱗に触れたのか、辞表提出となったわけです。内閣府政務官であった方がそうした意識なのですから、内閣の一員である復興相含め、その程度の意識しか復興に対して持っていない、と思われても仕方無いでしょう。

さすがに現内閣も、首相再登板で万全の体制を敷くべく、当初は根本大臣という福島出身者、次いで安定感を求めた竹下大臣と、安全運転をしていましたが、その後が”下着泥棒”疑いを掛けられたり政治資金で疑いを掛けられた某大臣、そして今回の今村大臣と、だんだん気が緩んでいる、あるいは本性を露呈してきている気がします。

 

ただ、わたしは安倍内閣の安定感は認めていますし、政治的に左でも右でも無いので、バランスよく述べておきたいと思います。そもそも初動誤りがあったとも言われるのは、震災発生時の菅直人政権です。その内閣にあって、現在の復興大臣の前身である役職に晴れて任命されたのが、松本復興相でした。

岩手県知事に対し、「九州の人間だから、何市がどこの県とか分からん」と勉強する意思が全くないことを露呈し、「知恵を出したところは助けるけど、知恵を出さないやつは助けない。そのくらいの気持ちを持て。」と、現地丸投げで政府は”助けてやる立場”と、これまた上から目線の信じ難い発言を連発し、唖然としました。

それは宮城県に対しても同様で、「県でコンセンサスを得ろよ。そうしないと、我々は何もしないぞ」と言い放つ場面が報道されました。また、現地対応でてんてこ舞いだったはずの知事が後から入ってきたことを「お客さんが来る時は、自分が入ってからお客さんを呼べ。いいか、長幼の序がわかってる自衛隊ならそんなことやるぞ。」と叱責し、自らは”お客様”なのだ、”来てやっている”という考えがモロに出てしまいました。さらにウケ狙いなのか、この発言について報道各社にオフレコを要求し、「書いたらもうその社は終わり」と権力を笠に着て高圧的な言動を放った。当然、そんなことを報道が守るはずもなく、ご自身が終わる羽目になったのは皮肉ですね。

 

と、おしなべて震災から6年間、いかに被災地の復興に対して時の政府が”全力を注いでいるか”がよく分かります。現地への復興の想いも無く、神経を逆撫でするだけの大臣ならば、松本元大臣の考えのように、”アイデアや要望は地元で考え、政府は金だけ出す”というのも、ある意味アリなのかとさえ思ってしまいます。

 

と、昨今の報道を見ていて、感じたことを書きました。特に特定政党や政治家個人を非難するつもりもありませんので、ご理解ください。