MASA日記

働き方、お金のこと、趣味のこと、ニュースなど、徒然なるままに書いています

あの日から6年が経ちました

おはようございます。

今日は土曜日ですが、こんなに気分が沈む土曜日は無いですね。東日本大震災が発生したのが2011年3月11日(金)14時46分のことでした。それから6年の月日が流れ、今日は2017年3月11日(土)です。

 

沿岸部を巨大な津波が襲い、沿岸部を中心に16,000人弱の死者が出ました。仙台市中心部にいたわたしは、報道を得る術が無く、その事実を知らずにいました。ちょうど16時を過ぎた頃です、当日は朝から鉛色の重い雲が垂れ込めていたのですが、突然大きな雪が深々と降り始め、それはやがて風に煽られて舞い上がりました。

単なる気象の偶然かもしれません。しかし、後で考えれば、わたしには、亡くなった尊い命がこの世に別れを告げ、そして天に召されたようにさえ感じました。

亡くなった方々の恐怖と無念がいかほどだったか、言葉では到底言い表せません。彼らは、きっと信じていたでしょう。朝出掛けた家に戻ることを。出迎える家族がいることを。さっき別れた友人とまた会うことを。そして平凡な2011年3月12日が来ることを。

昨日の延長線上に今日があり、今日の延長線上に明日があると思いがちです。しかし、昨日と今日があることは事実でも、それが明日があることの証にならないことを知りました。あの日、どれだけの涙が流されたことでしょう。

 

わたしは避難所にいました。自家発電により映し出される映像を見て、膝から落ちる人をたくさん見ました。嗚咽にさえならないような声を出す人。半狂乱のような人。

わたしは数日後に遺体安置所に行きました。無言のまま遺体に語り掛ける家族、ただただ両手を合わせ深々と首を垂れる人。あの光景は一生忘れることはないでしょう。

 

しかし、6年という月日は残酷です。先日、震災関連の記事に対するネットユーザーのコメントに「また震災かよ」「もう飽きた」といったコメントを見ました。個々人がどのような感想を持とうと、それを否定することはしません。しかし、多くの命が大自然の猛威の前に絶たれた悲しみと、その状況で支え合いながら生きている人たちと、今もあの日・あの時間から変わらぬ想いを抱いている人がたくさんいることは理解して欲しいです。もしそうした方があのコメントを見れば、どれほど傷つくことか。

わたしは偽善者ぶるつもりもありませんし、震災に関してやたらと”絆”を強調されることにも違和感を感じていました。わたしにできることは、当時、仙台市中心部にいて、あの日見たこと、聞いたこと、そして数か月後に沿岸部で感じたことを、周囲にいる人に語り継いでいくことだけです。今ある普通の、ごく平凡な毎日が、どれほど幸せで、どれほど恵まれているか、伝えることです。それしかできない、無力な人間です。

 

あの震災で、亡くなった人に宛てた遺族からの手紙が一冊の本になっています。「亡くなった人を数字だけで語らないでほしい・・・・・・」。偽らざる遺族の気持ちでしょう。亡くなった方々が、この世に生きた証と、その想い出を、一つずつ見つめる本です。NHKの「こころフォト」というプロジェクトから生まれたこの本。16,000弱という数字に比べれば、ほんの一握りのストーリーです。しかし、その愛と悲しみが、何かを伝えてくれると思います。気になった方は読んでみてください。

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今年もまたこの日が来ました。14時46分、わたしは北に向かって黙祷を捧げます。

土曜日ですが、「忘れない3・11」をお伝えしました。