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MASA日記

働き方、お金のこと、趣味のこと、ニュースなど、徒然なるままに書いています

80年代少年⑤憧れだったアレ

特別企画

勝手にスペシャルウィークも後半戦の第5弾!昨日まではテレビネタでしたが、通常木曜日は「乗り物」がテーマということもあり、今夜は少年だった僕が憧れた、高度経済下の80年代を象徴するアレを、メーカー別に3車種ずつ並べていきます。そう、自動車の特集です!

 

Ⅰ トヨタ

当時から既にトップメーカーでしたが、面白みのない車づくりは「80点主義」などと揶揄されていました。でもね、僕はそうした無難さこそがトヨタの個性なんだと思ってます。むしろ、今みたいに個性を作ろうとしている姿勢は、若作りしようと無理を重ねているようで痛々しくも感じたり。そんな業界の雄たるトヨタが誇った80年代を象徴するバブルカーで印象的なのはコチラ。

セルシオ(初代)

このクルマ無くして、北米での成功も、レクサスブランドも無かったと言っていいでしょう。レクサスLS400、日本名セルシオが登場したのは1980年代も終わる1989年10月でした。ややベンツに近い無難なデザインに批判もあったものの、高級車づくりに定評あるトヨタが丁寧に仕立てたフラッグシップとあって、その出来栄えは世界の高級車をも震撼させたと言われています。当時はまだ車高の低いスタイリッシュなクルマが溢れていたせいか、初めて見たときのそのボディの肉厚さに驚きました。

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②クラウン(8代目)

凄く地味ながら、バブルを象徴すると言えば、トヨタ乗用車群の頂点に君臨するクラウンでしょう。7代目で白のクラウンが街中に溢れ、「いつかはクラウン」というキャッチフレーズと共に高級車像を確立したのですが、8代目は7代目のイメージを色濃く残しながら、直線に曲線を混ぜたデザインが秀逸だと思います。内装の仕立てや先進装備もさることながら、1987年からの4年間のモデルサイクルで約75万台販売され、60年以上の歴史を持つクラウンにあって最高の販売台数を記録しました。年間販売ランキングで、高級車の代名詞クラウンが第3位を記録したことがバブル期を物語っていますし、セルシオに積まれた4.0Lエンジンを搭載したトップエンドモデルの存在もそのことを象徴していました。

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ソアラ(2代目)

凄く悩みました。ハイソカーブームと言えば、3世代にわたり絶大な支持を得たマークⅡ3兄弟(マークⅡ/チェイサー/クレスタ)もあるからです。しかし、個人的にはバブルを象徴するという意味では、やはり2代目ソアラは外せません。そもそも高級な2ドアクーペは贅の極みです。経済的に余力が無ければ売れませんね。そんな特別なクルマ、ソアラは、初代の勢いそのままに、よりスタイリッシュで先進技術満載になった2代目が絶好調。特殊な存在のソアラが、モデル期間中に30万台以上を販売したことが当時を物語っています。走り、豪華、スタイリッシュ・・・。まさに所有する喜びを満たすクルマだったと思います。

ソアラと言えばコレを思い浮かべる人、少なくないと思います。

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Ⅱ 日産

一方、長年にわたるトヨタのライバルと言えば日産自動車ですね。バブル期の日産と言えば、各部門で絶好調だったと言えます。「901運動」「技術の日産」という言葉が盛んに聞かれた時代でした。最近の日産はそうしたイメージが薄れてしまっていて寂しいですし、国産メーカーなのだろうか?と思うようなクルマが目立ちます。もっと国内市場を大切にしてもらいたいです。

スカイライン(8代目/R32型)

ありきたりな選定ですが、日産を代表する車種の一つ、スカイラインの8代目は印象的でした。その締まりのある無骨な外観からして、走るポテンシャルの高さを感じ取ることができました。8代目スカイラインでは、16年ぶりのGT-R復活が殊更に取り上げられますが、ベースのスカイラインの素性の良さあってのGT-Rであり、開発費を存分につぎ込んで業界トップを狙った日産ののようなクルマでした。

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②セドリック(7代目/Y31型)/グロリア(8代目/Y31型)

日産のみならず、国産車のバブル期をけん引したと言えば、「シーマ現象」という流行語まで生み出した初代シーマが挙げられる点は、あまり異論が無いでしょう。しかし、ここでは敢えてセドリック/グロリア(以下「セド/グロ」)Y31型を取り上げます。初代シーマはY31型セド/グロのストレッチ版であり、当初はセドリックシーマ/グロリアシーマを冠していたわけで、ベースのセド/グロあってのクルマでした。このセド/グロは、トヨタのクラウンとは一線を画し、単なる高級車ではなくハンドリングの良い高級車を目指しました。それを象徴したのが、主要グレード「ブロアム」と並ぶグランツーリスモの設定です。

f:id:Masa_S:20170212135222j:plain※写真はセドリック

セフィーロ(初代/A31型)

「くうねるあそぶ。」というキーワードや、井上陽水氏の「皆さんお元気ですか?失礼します」というCMを覚えておられる方も多いでしょう。バブル期日産を象徴する車と言えば、インフィニティQ45レパードシルビアなどたくさんある中、なぜわたしがセフィーロを選んだか?それは、ミドルセダンのクラスに、こうした変わり種を投入できる、遊べる余裕の象徴のようなクルマだからです。今の時代は基本コンポーネンツを共有し、なるべく車種数も減らすのがセオリーですが、当時はセダンでもこうして遊べたんですよね。S13型シルビアと同じプロジェクターヘッドランプを採用し、デザインも保守層には受けないものを積極果敢に採用したなど、話題性を持ったクルマでしたね。2代目以降はつまらないセダンになってしまいましたが。

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Ⅲ ホンダ

当時人気があったF1の影響もあり、ホンダというメーカーは走りの印象が強かったです。また、何故だか理解できませんでしたが、将来的に残る国産メーカーは、トヨタ以外にホンダだけだろうと予測していた人もいたくらいで、それだけ個性的なメーカーという評価なのでしょうね。今の軽自動車に依存するホンダの姿は、少年時代の僕には想像さえできなかったものですが。

CR-X(初代)

残念ながら初代NSX登場は1990年なので除外です。そんな中でバブル期ホンダの印象的なクルマとして挙げたいのがCR-Xです。免許がないうちから、手頃な価格で手に入る、走りの良いクルマとして、シビック人気は絶大でした。シビックは日産スカイラインと並び、愛称で呼ばれる数少ない車種ですが、このCR-Xというクルマは、シビック姉妹車にあたるバラードの派生として誕生しました。当時はまだ少なかったハッチバックスタイルと、リアエンドを真っすぐ切り落としたデザインが特徴でした。シビックより男っぽいところを強調したあたりが、ホンダらしいですね。後方視界確保のために透けたリアはプリウスのようだし、アルファベットを使った車名も今風です。時代先取りし過ぎたでしょうか。3代目デルソルで迷走し消滅しました。

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②(アコード)インスパイア(初代)

バブル期はまだダン主流時代であり、特に高級路線にシフトする傾向が強かったです。高級車を作らせれば、一日の長があるトヨタや日産に及ばないとされたメーカーも、こぞって高級車を志向しました。

ホンダもその例外ではありません。レジェンドをフラッグシップに据え、ミドルサイズのアコード、コンパクトサイズのシビックなど、各クラスを代表するセダンを用意していました。そんなラインナップにあってバブル期を象徴すると言えば、1989年登場のアコードインスパイアを挙げたいと思います。ミドルクラスに位置したアコードの上級版として、当時よく言われたアッパーミドルクラスに投入されました。ライバルとされたトヨタ・マークⅡや日産ローレルとは異なり、FFの駆動方式を採用、エンジンは直列5気筒とするなど、随所にホンダらしさが見えたクルマです。シャープなデザインと軽快な走りもあって、よく売れましたね。

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③プレリュード(3代目)

これも”今は昔”の話ですね。ブランド消滅してしまったプレリュードです。ナンパカー、デートカーとして、トヨタソアラや日産・シルビアと並び絶大な人気を誇りました。表現はどうかと思いますが、当時のゴキブリ取りを文字って「女子高生ホイホイ」なんて呼ばれたりしました。それくらい、プレリュードに乗ってることがカッコよさだった時代です。リトラクタブルヘッドライトも時代を感じますね。

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Ⅳ 三菱

わたしの記憶が定かならば、販売シェアでは三菱はホンダより上だったかもしれません。今やシェアは1%という悲惨な状況ですが、これもリコール隠し燃費偽装など、消費者を欺いたツケが出てしまいました。しかし当時は元気だった三菱自動車のバブル期を見てみましょう。

パジェロ(初代)

三菱自動車らしいと言いますか、世の中がどうあろうと我が道を行く!と言わんばかりのクルマ作りの代表として、初代パジェロを挙げたいと思います。この無骨なデザイン、時代を先取りしたRVというジャンルなど、得意分野を活かした作品でしょう。パリダカで使用されるなど、軟派な風潮とは一線を画す本格派オフロードRVにパジェロあり!と知らしめた初代の存在意義は大きかったと言えます。

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②ミニカ(5代目)

1984年に登場の5代目ミニカは、1962年発売の初代以降の伝統を破り、初のFFを採用しました。街中でよく見かけた記憶があります。何度か友人のお母さんの車に乗せてもらいましたが、とにかく室内が広く、走りも力強かった印象があります。三菱らしいデザインは、ここでも健在ですね。

※適当な画像がありません、すみません!

デボネアV

デボネアとしては2代目となるデボネアV。押しも押されぬ三菱自工のフラッグシップであり、初代は1964年登場と歴史もある高級車なのです。ただ、トヨタ・クラウンや日産・セド/グロをライバルと目しながら、三菱グループの重役向けにしか売れず、初代は22年間もフルモデルチェンジ(FMC)されないまま放置され、「走るシーラカンスと呼ばれました。FMCする開発費が無かった三菱にとって、ヒュンダイの高級車製造ニーズと、クライスラーのV6エンジンニーズが運よく絡み、2代目開発に至ったラッキーなクルマです。そんな気合の入ったモデルのはずが、やはりと言うか、売れないままでしたね。それでもベンツでお馴染みのAMG仕様を設定するなど、空回りでも前を向こうという気概は、今の三菱にも欲しいものです。

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Ⅴ マツダ

マツダというメーカーも技術屋集団の色が強く、個性的なクルマを提案しますが、バブル期の波に乗るのが少し遅かった印象があります。ルーチェに代わるフラッグシップとなったセンティアの登場も、バブル崩壊年とされる1991年ですし、販売を支えるミドルクラスのカペラも時代遅れでした。無謀とも言える5チャンネル政策に打って出ますが、これが体力を削がれて後退するという有様でした。

①ファミリア(7代目)

5代目ファミリアは第1回日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞し、特に「赤いファミリア」は大人気となるなど一定の評価を得ていました。こうしたヒット作の次は外観を大きく変えることが難しいのが常ですが、6代目はキープコンセプトだった中、バブル期にあったトヨタ・カローラや日産・サニーといったライバルたちは流行に応じたデザインを手に入れていきました。そして1989年、ファミリアもようやく大きく変化しました。それが7代目。直線基調ながらもスタイリッシュで、万人が乗りやすそうなクルマでした。

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ロードスター(初代)

1989年という年は、平成元年でもありますが、クルマを見る上でも重要な節目ですね。トヨタセルシオなどその後の日本車を代表する車種がいくつも生まれています。マツダにおいては初代ロードスターがそれでしょう。このクルマは、5チャンネルのうちユーノスブランドの第一号車としても重要です。ライトウエイトオープンスポーツの開発はバブル期だからこそできた代物でしょうし、曲線基調のシンプルなデザインは、今でも見飽きません。こうした真面目でシンプルなクルマ作りは、マツダの得意とするところ。運転する楽しさは、現在の4代目にも引き継がれています。

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③キャロル(2代目)

2代目と言っても、1970年を最後に途絶えていたマツダの軽ブランド名を1989年に復活させたもの。キョンキョンこと小泉今日子さんをCMに起用していたと記憶しています。CM含め、とにかくかわいらしさを前面にアピールしていて、そういう意味では明確なマーケット戦略があったと言えるでしょう。丸っこくてチョロQみたいなかわいいデザインも受けて、そこそこヒットしたと言えるでしょうね。今のキャロルがスズキのOEMに成り下がっているのは個人的には残念です。自社開発して欲しいです。

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Ⅵ スバル

レガシィ(初代)

ここでも1989年というキーワードが登場します。1966年から改良されて使われ続けたプラットフォームと決別し、新規に起こされた新設計の車種となりました。レオーネなどの正直パッとしないデザインとは異なり、時代に応じたスタイリッシュさを持っていましたし、ツーリングワゴンという提案もまた、スバルらしいと感じました。実際、初代レガシィ大ヒットとなり、今に続くレガシィブランドは高く評価されています。

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アルシオーネSVX

当時はまだ取り上げられなかった空気抵抗を前面に押し出し、国産車初のCd値=0.29という数値を叩き出したクルマです。前後のトルク配分を自動制御したり、車速感応式のパワステなど、技術面でもこだわりを随所に感じられるのですが、当時のマツダや三菱にも言えるのですが、デザインに無頓着すぎでした。ジャンルとしてはスペシャルティとかスポーツになるのでしょうが、話題になりませんでした。

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③ジャスティ(初代)

軽自動車のレックをベースに開発されたスバルのコンパクトカーです。ワンプッシュでFFと4WDが切り替わるシステムや、世界初CVTを採用するなど、意欲作なのに国内では売れませんでしたね。素晴らしい技術をどう訴求するか、今のスバルのようなマーケット術があれば、もっと売れたかもしれません。ちなみに、トヨタ資本を受け入れた現代、2016年に久々にジャスティという車名が復活しました。と言っても、同じくトヨタ傘下のダイハツ・ブーンのOEMでしかありませんけどね。スバルはマニアックなクルマ作りに定評があるだけに、早く体力をつけて自社開発して欲しいですね。軽自動車も。

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Ⅶ いすゞ

忘れてはいけないのがいすゞ自動車です。今でこそ乗用車生産から完全撤退していますが、一時期まではれっきとした乗用車メーカーでもありました。そんないすゞ自動車の記憶を辿ります。

ジェミニ(2代目)

FFジェミニとも呼ばれる2代目は、初めて見たとき外車だと思いました。とにかくそのデザインが目を引きましたね。イルムシャーも、なんだか分からないけど毛がモフモフした高級な猫みたい、と勝手に思っていましたし。子どもの頭で想像を掻き立ててくれたクルマでした。

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②ピアッツァ・ネロ

本来はピアッツァが主流で、ヤナセで販売された際にネロというサブネームがつけられたようですが、かなり遅れてこのクルマの存在を知ったわたしには、ビックリマン魔肖ネロのイメージが強く、そこからこのクルマに辿り着きました。相も変わらず外車っぽく、独自路線を主張するいすゞらしいクルマですね。個人的には半眼のようなライトがカッコよくて好きでした。

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③ビックホーン(初代)

いすゞと言えば、日野自動車三菱ふそう日産ディーゼルと並ぶバス・トラックメーカーです。それだけにピックアップやRVのようなジャンルでもきちんと車種を持っていました。それこそビックホーン。

三菱のパジェロにも言えますが、やはりカクカク路線ですね。ジェミニやピアッツァ・ネロで他メーカーとは違う味を出しているのに、ビックホーンではそれが生かされていない。それが味と言えばそうかもしれませんが、せっかく関連があったと言われるジウジアーロ氏にデザインしてもらえば良かったのに、と思ってしまいます。実現すれば、どんなデザインが出来上がったんでしょうね。

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