MASA日記

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忘れない3・11 ~ちくわ天の味~

2月11日、土曜日です。毎月11日は、東日本大震災を思い出す日にしています。

 

震災当時、仙台市青葉区の花京院という場所で勤務していたわたしは、震災当日から3日間にわたり宮城県庁2階の避難所で生活し、その後は自宅に戻りました。

震災があった当日は、避難所に行く前に立ち寄ったNHK仙台放送局前のサンクスで買ったチョコレート2個(10個入りを5人で分けました)のみ、翌日は県庁で支給された梅干しおにぎり1個と苺のみ、以降は会社の事務員が山形の実家から持ち帰っていた漬物を少しずつみんなで分け合うなど、平成の時代とは思えない食生活を送っていました。

 

お店に行けばズラリと並んでいるはずのパンさえも4月下旬まで食べられずという中で、今でも忘れられない味があります。それが、半田屋のちくわ天です。

 

会社裏口を出て徒歩5分ほどにありました。まだコンビニの営業時間も限られた時間で、しかも陳列もほぼ無し。近くの食堂も再開のめどが立たない、薄暗い街の中にあって、一早くランチを再開したのが半田屋でした。

瞬く間に情報が広がり、半田屋の入口から長蛇の列。もともと回転が良いお店ですが、食べられる量も限られているため、食べてはすぐ出ていくを繰り返す中、あっという間にわたしも入店できました。お盆を手に取り、並べられているものの中に、唯一の油色をしたものが。ちくわに少しだけ衣をまぶし、揚げただけのちくわ天でした。

普段であれば、間違いなくスルーしたことでしょう。なにせわたしは肉好きですし、天ぷらはイカ天、海老天、あなご天、野菜天くらいしか食べません。しかし、そのときばかりは、白米の小さなおにぎりと漬物だけの毎日にあって、ちくわ天がご馳走に見えました。迷わずお皿に一つだけ取り、おにぎりを加えてから、レジに並びました。

一口噛んだときに出るあの旨みは、今こうして書いているだけでも思い出します。練り物特有の味と、天ぷらを食べたという感触で、幸せを感じました。

わたしは本当に、半田屋に感謝しました。そして、生きて、健康で、食べ物を美味しく食べられる、普通であるはずの日々に幸せと感謝を覚えました。

 

後で知りました。半田屋仙台市が本社なんですね。きっと、仙台に拠点を置く中で、少しでも地元に希望の光を灯し、元気づけたいと思ってくれたのでしょう。そして数少ない食材も、きっと地元の農家や食材提供業者の方々の理解と協力もあって提供されたものだと思います。みんなが心一つにしたであろう、たった一つのちくわ天の味は、本当にわたしにとってのご馳走でした。

 

物が溢れる時代に味わった小さな幸せを、わたしは忘れないでいようと思います。