MASA日記

働き方、お金のこと、趣味のこと、ニュースなど、徒然なるままに書いています

★日曜特別版★自動車事故の惨状

11月14日、日曜日、心地よい青空の朝を迎えました。

 

日曜日テーマは「今日は何の日」「働き方」ですが、今日は特別版として、自動車事故について考えたいと思います。

 

民法の過失議論の根底には、”予見可能性”と”結果回避義務”の2つがあります。

過失は故意の裏返しにあり、”つい不注意で・・・”と訳されがちながら、あくまで客観的な判断で”注意すべき状況だったかどうか”を測る”予見可能性”と、”その予見に基づいて結果を回避できたかどうか”を測る”結果回避義務”の2段階で考えます。つまり、主観ではなく客観的な価値判断が前提としてあるわけです。

たとえば自動車運転中に、狭くて人の多い商店街(時速20km制限)を”よく注意しながら”時速80kmで走行して交通事故を起こした場合、主観では過失無しになりますが、それが認められないことを想定すれば、分かりやすいと思います。あくまで、交通ルールがあり、TPOに応じた客観的に妥当な運転方法がある中で、判断されるわけです。

 

最近の交通事故を見ていると、大きく分けて3つほどの形態がありますね。1つは正常レベルの判断力を持ちながら、適正な運転をしていない(ポケモンGOを操作しながらの運転等)。2つ目は普段は正常レベルの判断力を持つ者が、一時的に心神喪失(あるいは耗弱)状態に陥る(飲酒やドラッグ使用等)。そして3つ目はそもそも正常レベルの判断力を有していない(高齢者ドライバーの事故)。いずれも無関係な第三者が巻き添えをくらい、その尊い命を落としているのです。少子高齢化の日本にあって、その”まだ生きられるはずだった命”が奪われることの理不尽さには、怒りさえ覚えます。

 

先に挙げた1つ目の形態では、スマホメーカーやゲームメーカーも速やかに対策を講じるべきです。それでもなおその掟を破り事故を起こすならば、もはや過失ではなく、未必の故意とでも言えるレベルの悪質ドライバーとして、厳罰に処すべきでしょう。

2つ目の形態は、論外です。クルマという凶器を使った不特定多数に対する殺人未遂と言っても良いほどの凶悪さであり、過失運転や危険運転レベルではなく、より重度の法で裁くべき事例だと思います。

3つ目の形態は、まずは高齢になれば判断が鈍るという自覚を個々人が持つことも大切ですが、高齢者と言ってもその判断力等は個々に違います。免許更新は毎年にし、実技講習も必須とするくらい慎重な対応を採るべきではないでしょうか。一方で、地方では自動車が無い生活の不便さが高齢者の自主返納を妨げる一因ですから、それには行政のサービスが大きな役割を占めることになるでしょう。そして自動車メーカーは、早く幻想を抜けるべきだと思います。クルマ離れが著しい中、その打開策にスーパーマシンやホットモデルの”走り”重視のクルマ作りで若者を呼び戻そうとしていますが、日本で300psも500psも要りません。かつてのようにゼロヨンを競う時代でも無く、リミッターを外して高速を競う時代でもありませんし、仮に早くても若者はなびきません。速いクルマに若者は憧れるという観点が、既にズレているのです。

”世界で最も安全なクルマ”の一つに、ボルボが挙げられるでしょう。現行型は、その安全性の高いクルマ作りは継承され、高速からでも止まる(あるいは衝突軽減できる)自動ブレーキ、後方死角の車両を検知し知らせるアラーム、万一衝突した際に歩行者を保護する車外のエアバックなど、現段階で考えられる安全性能を標準で装備します。このボルボのようなクルマ作りが、より進むことを期待したいです。

 

これ以上放置していると、今後さらに危険が増します。メーカー、行政サービス、法制、そして個々人それぞれが、立場に応じた対応を採るべきでしょう。