MASA日記

働き方、お金のこと、趣味のこと、ニュースなど、徒然なるままに書いています

働き方 サラリーマンとして生きる

10月16日日曜日、北関東付近まで紅葉が見頃を迎えたというニュースを耳にし、季節の移ろいの速さを感じています。昨日は、先週の衣替えで着古して不要となった衣類に変わり、少しだけ新しい秋冬物を買ってきました。新しい服って気分がいいですね。

 

さて、日曜日の今日は、「働き方」についてのフリーテーマです。

今朝の新聞でも大学生の内定率が出ていました。新しく社会に出る人の多くは、企業の一員として雇われる、サラリーマンになる、という道を選ぶと思います。わたしも今から14年前にその道を選びました。就職内定をいただいたときは、自分の身分や立場が確保され、ホッとしたのを覚えています。気持ちの面でのサラリーマン誕生です。

組織は、身分や立場を保証する代わりとして、忠誠を求めてきます。こうした双方の利益が維持される以上は、お互いに居心地の良い関係が生まれるわけです。

かつてほどではありませんが、上司に言われれば「No」はあり得ないという環境は今でもあります。そこには上司の権力が背後にちらつくと同時に、自身の立場をより有利に押し上げたいという内心も作用するからでしょう。どんなに「誤っている」「不合理だ」「理不尽だ」と感じていても、「No」と言う余地は一つも無い。そうして自分を押し殺し、組織の歯車として動いていくことこそ、正しい生き方だったのでしょう。入社当初は”やる気”に満ちていたはずが、だんだんと”やる気”を削がれ、希望と違うことを求められ、やがては命令に従うだけになっていくという現実が多くあります。

企業は、指示待ち型人間はダメだ、どんどん自ら働きかけて「考えて動く」社員を求めると言いながら、自ら考えて動こうとすると、「出る杭」として押さえつけられることもしばしばでしょう。結局は、無気力型サラリーマンの誕生です。

その背後には、お給料を増やしたい→役職や地位を上げたい→直属上司の評価を上げて人事考課を良くしたい・・・という図式が成り立っているはずです。その図式を成り立たせるためには、何があろうとも会社や上司の意見に対する「No」は禁物なのです。

 

最近、東京都の小池都知事が都庁の午後8時完全退庁を始めるにあたり、「人生を見直した方がいい」と発言しました。”やる気”に溢れていたかつての若者は、組織という巨大装置の歯車の中で”やる気”を削がれ、目の前に降りかかってくる仕事の山をこなすことに埋没してしまう。結果として、働くことの意欲や目的を見失っていることが少なくないでしょう。ある日突然突き付けられた「人生を見直して」というメッセージに対し、都庁の方々は何を導き出すのでしょうか。

同じことはサラリーマンにも言えることです。自分が何を目的に生きているのか、会社という組織を通じて何を表現したいのか、それが私生活にどのように活かされるのか。日頃忙しいと考える時間はありませんが、今一度、自分の人生についてよく思いを馳せる時期が来ているのかもしれません。