MASA日記

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保険 第2回~保険は本当に必要か?~

10月10日、体育の日の朝です。朝早い段階では快晴だったのですが、わたしの住む地域は今は雲に覆われています。窓から入る風もかなり冷たく、なかなか秋晴れの良さを堪能できずに過ごしています。

 

さて、保険シリーズ第2回目の今日は、よくある「保険は本当に必要か?」という問いについて考えてみたいと思います。

 

①保険の必要性に関する潜在意識  

まず、実際の加入率について確認しておきます。

生命保険は、全年齢で男性80.9%、女性81.9%、世帯加入率は89.2%です。※1

損害保険は、自動車保険(対人・対物)が73.8%※2、火災保険の世帯加入率85.1%です。※3

この率が多いか少ないかは、人により感じ方が違うでしょう。しかし、国民の7割ないし8割が買う商品と考えれば、決して少ない数字とは言えないと思います。

また、東京メトロの社内で流れている「日経電車版」でご存知の方もいらっしゃるでしょうが(ちょうど先週分でした)、日本に保険制度を紹介したのは、慶應義塾大創始者である福沢諭吉氏の「西洋旅案内」(1867年)が最初と言われている。そして損害保険では1879年に東京海上保険(現 東京海上日動火災保険)、生命保険では1881年明治生命が設立された。いずれも130年余りの歴史を持っています。つまり、言い換えれば、それだけの期間必要とされてきた商品であるとも言えます。

こうして見ると、”ハッキリ”必要だと言い切れないまでも、多くの方が”なんとなく”必要だろうとは、潜在的に感じていると読み取れるのではないでしょうか。

 

②損害保険の必要性  

前回の第1回③「when」と「if」において、損害保険は「if」に備えると書きました。「実際に起きるかどうかは分からないが、起き得る”万一”に備える」ための保険という意味です。交通事故や火事を思い浮かべていただければ良いでしょう。

たとえば今年のような台風の当たり年に、台風で屋根が破損して修繕が必要になったとします。破損の程度によりますが、屋根が破損したり、これに伴う内部の濡れ損等が生じれば、思わず「ウッ」と思うような見積が修理業者さんから出されます。

また、高校生のお子さんが、交差点で出合い頭に人と衝突し、運悪く相手が後遺障害を負ってしまった場合、裁判例で約1億円の賠償が命じられたケースもあります。

こうした例を挙げると、「不安ばかり煽るような酷い例ばかり挙げて」と思われるかもしれませんが、「こうした例に絶対合わない自信ありますか?」ということです。それが損害保険の「if」の意味です。合わないで済むに越したことはないですし、合わない人の方が多いかもしれない(実際、幸いにもわたしは自動車保険・火災保険・賠償責任保険・傷害保険いずれも使ったことありません)が、いつ何時自分の身に降りかかるか分からないからこその「if」なのです。

この「if」に対し、経済的に自身の備蓄で対処可能ならば、結論として損害保険は不要でしょう。しかし、そうではない方が少なくないはずです。そう考えれば、わたしは損害保険の加入が必要だと考えるのです(ある日突然事故を起こし、裁判沙汰になって「×月×日までに1億円支払え」と言われても、到底支払えません。仮に保険未加入でも資力に応じ賠償しなければならず、加害者が従前の生活を維持することは困難です)。

 

③生命保険の必要性  

では、生命保険はどうでしょうか。

前回、生命保険は「when」に備えると書きました。「必ず起きることだが、それがいつなのか分からない”万一”に備える」ための保険という意味です。

生命保険は、死亡保障について言えば、自分の身に”万一”が起きたとしても、残された人が当座困らないよう備えておくものです。海外では”Last Love Letter”とも言われるそうですね。残された人のためにできる”思いやり”の一つの形なのです。

また、医療保障や老後資金という観点では、まさに自分の将来のために備えておくものです。有名人の方が相次いでガンを公表していますが、そういった場合の医療費や生活費は結構必要とされていますので、損害保険同様、いつ何が起きても備蓄で対処できるならば不要でしょうが、少なくともわたしにはその備蓄はありません。

 

④国の考え  

内閣府の防災に関する資料では、以下のとおり書かれています。※3

その中で「自助・共助・公助」という文言があります。その関係性について、「自助」と「共助」を基本とし、それを「公助」で支援するというのが基本的な考え方だとしています。資料では地震保険を念頭に置いていますが、たとえば生命保険でも同じで、公的な制度だけでは足りない部分は、「自助」「共助」である生命保険や共済制度で補っていく必要があるわけです。そして、こうした「自助」「共助」の努力を、保険料控除という仕組みで、税制面の優遇措置を通じてバックアップしてくれています。

 

⑤どの程度必要なのか  

「不要だ」という人とは逆に、むやみに加入してしまう「保険太り」の人がいます。「言われるまま、勧められるままに」入ってしまう方です。これは無意味です。

まず、損害保険については、実際に起こる損害額を確定し、それを保険で穴埋めします。つまり、どれだけ加入しても、損害額以上の金額は払われません。

仮に3,000万円の価値の建物に対して複数の火災保険で各々3,000万円を掛けていたとしても、結果的には按分されるだけで、3,000万円以上のお金は支払われません(費用保険金等は別途ありますが)。

次に、生命保険の場合は、損害保険とは異なり、加入した分だけ受け取ることができます(もっとも、異常に高額な加入金額や、医療保険日額が一定を超える場合は、保険会社が引き受けないケースがあります)。但し、近未来で必要なお金までも保険に回しては意味がありませんし、人によって重点を置くべき項目(死亡、医療、介護等)が異なるわけですから、少なくとも「言われるまま」入って良いわけではありません。また、どんなに入っても、保険料控除にも上限があります。

したがって、保険の仕組みをきちんと理解し、自分に必要な備えは何かをきちんと分析した上で、身の丈に応じた備えをすることこそ大切なのです。

どの程度か、は個々人で異なりますので、代理店さんや直販社員の方に相談し、教えてもらうと良いと思います。

 

⑥結論  

「if」にせよ「when」にせよ、予期せぬ事態に遭遇した場合に、十分対処できるのであれば保険加入は不要でしょう。しかし、(わたしを含む)多くの方が対処しきれないかもしれないと考えるからこそ、先に挙げたとおり、保険の歴史が連綿と続き、今なお高い水準で加入率が維持されているのだと思います。

たとえば宮城県では地震保険加入率が全国に比べて高いです。これは、不幸にも東日本大震災震源地となり、多くの方が被災した中で、保険の必要性を感じられたからこそでしょう(わたしは当時、仙台市在住で被災しましたが、地震保険未加入でした)。

加入していた人は「入っていて」良かったと思い、加入していなかった人は「入っていれば」良かったと思ったからこその、加入率の高さなのでしょう。

あとは、それでも必要ないと思うか、やはり必要だと思うか、必要だとしてどれだけ加入するか、これは各人の判断ですから、専門家と相談されると良いでしょう。

 

 

※1 生命保険文化センター「生活保障に関する調査」平成25年度

※2 損害保険料率算出機構「自動車保険の概況」2015年3月末

※3 災害に係る民間保険・共済の現状・課題について(内閣府