MASA日記

働き方、お金のこと、趣味のこと、ニュースなど、徒然なるままに書いています

【特集】5000アクセス記念 結び

8月5日 土曜日 【特集】5000アクセス記念

 

おはようございます。関東は気温はさほど高くありませんが、湿気が多い日が続いています。西日本は酷暑の夏のようですね、皆さん体調崩されていないでしょうか。

 

さて。2週にわたって更新しました5000アクセス記念特集、拙い文章でしたが、ご覧いただいた皆さんありがとうございました。

 

30年。若い方には、はるか昔の世界なのでしょうね。そんな中、今日は土曜日ですから「気になるニュース」に因んで、一つ気になったネタで特集を締めたいと思います。

兵庫県の少年が毒蛇に噛まれて、一時、意識不明の重体になり、その後血清によって回復したというニュースがありました。その後も、福岡県でも蛇被害がありましたね。

 

正直、この現代に蛇を追い掛けて遊ぶ子がいるんだ!というのが正直な印象でした。

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この写真は、わたしが生まれ育った場所(※見えている家は我が家ではありません)の風景なのですが、四方八方を山や田んぼに囲まれ、奥には清らかな川も流れ、手前には用水路があります。信号も無い田舎道と、ところどころの畦道。

こういう場所に生まれ育つと、蛇にもしょっちゅう出くわします。アオダイショウやシマヘビなどと遭遇すると、わたしたちは追い掛けたり、振り回したりして遊んでいました。今では到底触る気にもなりませんが、当時は機敏な蛇を捕まえるワクワクが大きかったのでしょう。一方で、マムシは知っていましたから、とにかく「頭が三角形の蛇を見たら逃げる!」と学校でも家でも教わっていました。

マムシも年に何匹か遭遇しましたが、とにかく大きさに関係なく逃げました。

問題は、ヤマカガシです。こいつは有名なマムシやハブと違って頭は三角形じゃないです。それでいて、水田など学校の行き帰りなどに出くわしたこともあります。わたしたちは、頭が三角形じゃないので、アオダイショウやシマヘビ同様に捕まえていましたし、振り回してましたし、むしろマイナーなのでちょっと嬉しかった記憶があります。

 

でも、コイツは実はマイナーな毒蛇なんですよね。大人になって知り、背筋がゾクッとしました。性格が大人しく、よほど攻撃しない限り噛まないのだそうです。しかも、毒牙は奥の方にあり、よほど深く噛まれない限り毒も注入されない、と。ただ、その毒性は強く、ハブやの10倍、マムシの3倍ほどの強さとも言われています。危険だったんじゃないですかぁぁ!!!と、昔の自分が噛まれなかった奇跡にホッとした次第です。

 

しかも。ヤマカガシは2種類の毒を持っています。毒牙で注入するものに加え、頸部から体外に向けて飛ばす毒液もまた危険なものだそうで、当時わたしたちは尻尾に近い方を持ってすぐに振り回していたのですが、間違って首根っこを持たなくて良かったです。この頸部の毒は、ヤマカガシの餌のヒキガエルの毒を溜め込んだものだ、と聞いたこともあります。つまり、ヒキガエルを食べていないヤマカガシは、頸部から放つ毒を持っていない、という理解なのでしょうか?なんだか謎だらけな蛇ですね。

 

なぜか最近になって毒蛇被害のニュースが立て続けにあったので取り上げましたが、30年以上経った平成の世の中で、蛇を捕まえて遊ぼうとする子がいることに驚きだったので、昔を懐かしみながら書いてみました。いずれにせよ、その男児が無事に回復したのが何よりですし、蛇を見つけても無闇に近づかないよう注意したいですね。

 

明日からは通常版のネタに戻ります。またこうした【特集】が組める日まで、地道に更新したいと思いますので、よろしければ今後もお付き合いください。

【特集】5000アクセス記念 販売中止になったお菓子たち

8月4日 金曜日 【特集】5000アクセス記念

 

こんばんは。

5000アクセス記念特集も、そこそこ良い感じでアクセスいただいており、嬉しい限りです。今夜は、この30年で無くなった、わたしが好きだったお菓子をご紹介します。

 

第3位 すぎのこ村

よく、”きのこ・たけのこ論争”が起こりますよね?「きのこの山」と「たけのこの里」のどちらが美味しいのか、といった具合の。明治製菓が誇るこのビッグブランドは、30年以上経た今でも根強い人気を誇りますし、今なおバリエーションも増えています。

そんな兄弟に、実は短命でブランド消滅した弟がいたことを覚えているでしょうか?それが「すぎのこ村」でした。ちょうど30年前の1987年に発売されたのですが、日の目を見ずに、短命で姿を消してしまいました。

山、里、と来て、村はアリだとしても、「○のこ×」という音を踏み忘れ、あっさり「すぎのこ村」と行ってしまい、存在をアピールできなかったのでしょうか。

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第2位 いも作くん

実は、すぎのこ村よりわたしが好きだったのは、同じく明治製菓が世に送り出した「いも作くん」というお菓子です。

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見た目はなんとなくアーモンドチョコ風ですが、子どもながらの感覚では、それよりも一回り大きかった印象があります(実際はどうだったのでしょう?)。きのこ、たけのこ、すぎのことは兄弟でもありませんが、それよりさらにイモっぽいテイストの箱もどこか好きで、よく買って貰っていました。

食べると、たけのこの里よりもサクサクで軽い感じ、そしてしっかりさつまいも風味がするスナックと、コーティングされたチョコレートがうまくマッチしていて、よく食べていた記憶があります。残念ながら現行ラインナップにはありませんが、隠れファンもいるのではないでしょうか。

 

第1位 しクッキー

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♪しましま ましまし ほっ♪

知ってますか?覚えていますか?1982年頃に売られていた、しましまクッキーのこと。正方形の箱に、かなり愛らしいしましま模様の動物たちが描かれていました。

何より、このクッキーが、パリッではなく、ザクッでもなく、なんとも言えない絶妙なサックリ感があり、よくぞ市販の菓子でこの食感と味を実現した!と思うほどの美味でした。スーパーで並んでいるのを見るたびに買っていましたが、いつの間にかブランド消滅してしまった模様で、今では ♪明治しましまクッキー♪ のCMすら見掛けることはありません。この手のクッキーは今もありますが、しましまには到底敵いません!

ブランド復活し、当時の味を再現してくれたら、箱買いすると思います。

 

と、ここまで書いてみて気づいたのですが、わたしは明治製菓のお菓子が好きだったんですね(笑) ロッテのビックリマンチョコは別として、グリコやブルボンもバランスよく食べていたはずですが、なぜか体が欲するのは明治製菓のお菓子ばかり。

ちなみに、飲料でよく飲んでいたのは、グリコから販売されていた”カプリソーネ”です。果物の味が好きでしたから。

 

30年で失われたお菓子たち、懐かしいですね~。

【特集】5000アクセス記念 30年前の世相

8月3日 木曜日 【特集】5000アクセス記念

 

こんばんは。

”10年ひと昔”と言いますが、30年はもっと昔ですよね。この30年、変わったもの、変わらないものがあります。30年前の1987年にあった出来事を振り返ります。

 

◆官から民へ

①1987年4月、JR7社が発足

国鉄が民営化された後、30年経ったわけですが、東日本・東海・西日本といった安定的な収益を誇るグループ、九州や貨物のように独自の努力で業績を改善させているグループ、元来の需要が薄く独自で路線維持することが難しい北海道と四国と、それぞれの違いがはっきりしてきましたね。わたしは交通インフラは国が一定関与すべきと考えていますが、とりわけ北海道と四国の公共交通機関が失われないか、心配です。

②1987年2月、NTT株が上場

NTTと言えば、かつては日本電信電話という国営企業でしたが、1985年に民営化されました。そしてその2年後にあたる1987年、株式上場を果たしました。上場初日は買い注文が殺到して値付けできず、政府が追加で10万株を放出したほどでした。4月には株価318万円を記録するなど、当時の熱狂ぶりが窺えます。

③1987年9月、第二電電が営業開始

NTTの前身、電電公社という響きも懐かしいですが、第二電電という言葉もまた懐かしいですね!現在のKDDIの前身企業ですが、こちらの発足が1987年だったわけですね。今やNTTとKDDI、それにソフトバンクを加えた3社が凌ぎを削っていますが、当時は固定電話主流だった時代ですから、30年という月日の流れを感じます。

 

◆ロングセラー

①アサヒ スーパードライ

今でもテレビCMでお馴染み、アサヒスーパードライが発売されたのが1987年です。ビール業界は苦戦を強いられていると言われる中、無事に30周年凄いです!

花王 アタック

わたし、アタックという洗剤はもっと古くからあったと思っていましたが、1987年誕生だったのですね。日本初のコンパクト洗剤だそうで、「スプーン一杯で驚きの白さに」というフレーズはお馴染みですよね。当初のCMは安藤和津さんが出演していました。

スクウェア ファイナルファンタジー

RPGの世界でドラクエことドラゴンクエストと双璧をなす作品と言えば、ファイナルファンタジーではないでしょうか。このファイナルファンタジーが生まれたのが、今から30年前の1987年12月のことでした。それにしてもその30年後、ドラクエファイナルファンタジーが同じ会社から発売されることになっているとは、当時のわたしには思いもよりませんでした。スクエアとエニックスの合併は驚きました。

④マースジャパン m&m's

m&m'sは、アメリカのチョコレートメーカー・マースの商品です。フォレスト・マースさんとブルース・ムリーさんの創業ゆえ、その両者の苗字を取ってm&mなのだとか。それにしても、鮮やかと言うか、着色料凄そうと言うか、目で楽しめるチョコですね。ちなみにわたしは当時、マーブルチョコのまがい物と思っていました。

 

こうして見ると、30年って様々な変化を生むに十分な年月なんだと再認識します。

【特集】5000アクセス記念 男子生徒のいじめ自殺事件30年

8月2日 水曜日 【特集】5000アクセス記念

 

こんばんは。今朝がたは茨城県震源とし、体に感じるような地震が何度かありました。地震はいつどこで起きてもおかしくないと言われます。避難場所、避難時の連絡方法、避難時に持ち出す物など、日頃から定期的に家族間で共有しておくことが大切だと思います。

 

さて、今夜の5000アクセスワンテーマは、「いじめ」問題です。かつて校内暴力と言われる問題があった時期、いじめも深刻な問題でした。30年経過した現代、やはり「いじめ」は深刻な問題です。強い者と弱い者、その関係性に着目して強い者に与する者、自身の保全のために傍観する者、そしてさらに発展させる集団心理、それは30年経っても何も変わらないどころか、より深刻さを増しているかもしれません。わたしは専門家でもありませんが、男子生徒が自殺に追い込まれる事件に共通する陰湿さを知り、敢えてタブーのような内容ですが、今夜のテーマに選びました。何が行われていたのか、知るところからだと思います。多分に気分を害するような内容、性的な内容も含みますので、閲覧にはご注意ください

※なお、当事者の実名が知られている事件もありますが、そこを明かす趣旨ではないため伏せます。

 

◆高校同級生殺害事件(1984年11月1日・大阪府

いじめ被害者2名が、加害者を殺害した、加害者と被害者が逆転してしまった事件です。

学級委員長も務め、成績優秀、運動もでき、教師からの信頼も厚かったA。性格が大人しく、目立たなかったBとC。たとえば、AはBとCに対し、授業中にわざと騒がせてAがこれを止める構図を作ることで、Aの評価を上げるよう仕向けたり、BとCの顔に絵の具を塗る、吐くまで酒を飲ませたり煙草を吸わせる、街角で強そうな人にけんかを売らせるといった行為を強います。BやCが嫌がるたび、Aは2人を殴るなどし、精神的に支配していくのですが、これらはすべて陰で行われていたために、悩んだBとCが教師に相談しても、「あいつ(A)がそんなことするわけないだろう」と取り合ってさえくれなかったと言います。そして、ついにBとCを追い詰めるある出来事が起こります。

AはBとCに対し、女子もいる教室、皆の前で、BとCに自慰をするよう命令します。さすがに2人はこれを拒否したわけですが、結局は酷い暴力を振るわれた末、最終的に教室で自慰をさせられました。その後も教室内で性器を露出するよう命じて、その様子を見て笑うなどエスカレートしたのですが、BとCは相談し、ある晩にAと一緒にいたとき、背後からAを襲い、頭部を金槌で10分間殴り続け、金槌の釘抜で左目を潰し、半裸にして川に投げ込んで水死させました。後日、Aは水死体で発見されました。

学校の対応は、担任は”何も相談されていない”と事実を否認し、校長も”(BとCの)2人が自分たちの立場を有利にしようと発言した”のだと、いじめ被害者の2人に責任転嫁するような発言をしたと言います。

 

◆D君いじめ自殺事件(1994年11月27日・愛知県)

中学2年生だったD君が、自宅庭で首を吊って自殺した事件です。

D君と加害者4人らは、小学校高学年時代からの遊び仲間でした。ある時期を境に、D君へのいじめが始まります。自転車の泥除けを壊されたり、前かごの針金を切られるなどし、修理した自転車店から教師に連絡が入ったのですが、教師が尋ねてもD君はいじめの事実を話しませんでした。

やがて加害者らは、D君に万引きを強要したり、自宅から金を持ってくるよう要求するなど、万単位の金銭要求へと発展していきます。そうした行為でも逆らえないよう、精神的に支配下に置くべく、何度も殴りつける、たばこの火を押し当てる、女子生徒のいる前で性器に避妊具をつけさせて自慰を強要する等を繰り返していたのだそうです。大人しい性格ゆえか、結局は相談できずに思いつめたD君は、遺書を残して自殺します。

この事件はワイドショー等でも盛んに報じられましたが、校長は教育委員会に突然死と報告し、生徒らにも「軽はずみに人に話さないように」と釘を刺したと言います。また、一部の同級生の保護者は、D君の遺族に対して”地域に泥を塗った””高校進学に不利になる””いつまで騒ぐのか”といった心無い言葉を浴びせ、いじめ事件の被害者であるはずの遺族が、死後も苦しむ構図が浮き彫りになりました。

 

◆E君いじめ自殺事件(1999年11月26日・栃木県)

中学3年生だったE君が、自宅で首を吊って自殺した事件です。

E君は大人しい性格だったらしく、同級生男子2名から「プロレスごっこ」と称して殴る蹴るの暴行を受けたり、女子もいる教室でズボンとパンツを脱がされるといったいじめを受けていました。いじめの詳細は分かりませんが、後に遺族が起こした裁判では、こうしたいじめ行為が鬱症状を招き、結果的に自殺に至らしめたとして加害者に対する損害賠償請求を認めています。また、学校についても、自殺に対する責任は認めなかったものの、「教員らは加害生徒に対する指導もしっ責もせず、いじめ阻止の措置を講じなかった安全配慮義務違反があった」と判断した他、暴行を阻止せず放置した級友の態度についても、「それ自体がいじめとして自殺の一つの原因となった」と指摘するなど、いじめ事件の構図の問題点を指摘しています。

 

◆F君いじめ自殺事件(2007年7月3日・兵庫県

高校3年生だったF君が、授業中に「トイレに行く」と教室を出た後、校舎内で飛び降り自殺した事件です。

F君と加害者らはフットサル仲間であり、仲間内で行われていたいじめが見えづらかったこと、またインターネットの裏サイトを使ったいじめが行われていたことで、その陰湿さが報道され衝撃を与えました。

暴力を振るわれる、いわゆる”パシリ”行為をさせられる、金銭を要求される、変な髪型にさせられるといったこともそうですが、その異常さが際立ったのは、裏サイトにリンクした性的ないじめでした。

F君の全裸を撮影した写真がそのサイトに掲載され、そこには住所や氏名が実名で書かれていました。サイトはF君宅のパソコンで加害者の一人が作成しており、あたかもF君自身がネットに掲載したかのように見せかける巧妙さも併せ持っていました。このサイトには同級生らもアクセスでき、閲覧可能な状態でした。

また、F君が自殺する前、学校の屋上ではある行為が行われていました。加害者に呼び出されたF君を数人がかりで押さえつけて身動きを取れなくした上で裸にした上、F君の陰毛を剃ります。そして、加害者の手下であるG君(実はF君とは仲良しだったそうです)に、F君の性器を扱かせ、F君に無理やり射精させたのです。その一連の様子はスマートフォンで動画撮影されていました。

このG君も、実は加害者グループ内で弱い立場にあり、ある意味で被害者でした。F君の母親が作った弁当を盗み出すように命令され、G君が自慰をしてその弁当に精液をかけるといった行為を強要されていました。

こうした陰湿極まりないいじめが行われていながら、校長は生徒に対し、「亡くなったF君は心が弱かった」と発言する等、ここでも隠ぺい体質が見られました。

 

◆H君いじめ自殺事件(2012年10月11日・滋賀県

中学2年生だったH君が、自宅マンションから飛び降り自殺した事件です。

H君に対し「自殺がゴールやからな」といった言葉を浴びせるなど、日常的にいじめが行われていました。具体的な内容は次のとおりです。体育館で手足を鉢巻きで縛り、口を粘着テープで塞ぐ。馬乗りになって顔に落書きをする。脛にガムテープを張って勢いよく剥がす。被害者宅に行って金品を盗む。虫を食べさせる。H君に万引きを強要する。葬式ごっこと称して自殺の練習をさせる。琵琶湖の中に裸で入らせて自慰をさせる。

被害者H君の自殺後、生徒らへの調査を行った学校は、アンケート結果を遺族に渡す際に「部外秘」とすることに署名させられています。また学校は、加害生徒らに対する調査は「虐めた側にも人権はある」として実施せず、2度目の調査においても様々な事実が報告されながら調査結果を公表していませんでした。在校生徒に対しては取材に応じないよう求める等、学校の隠ぺい体質が批判されました。

担任教諭は事前に相談を受けたり、同級生らからいじめについて知らされていたようですが、「そんなのほっとけ」と取り合わなかったという証言もあったようです。

一方で加害者となった生徒らは「いじめではなく遊びだった」として容疑を否認したり、「死んでくれて嬉しい」「死んだって聞いて笑った」といった常軌を逸した言動をしています。

 

いかがでしょう。被害者が声を上げない(上げづらい状況を作る)、仮に勇気を出して声を上げても教師がそれを聞かない、あるいは信用しないといったことで、被害者がどんどん追い詰められていく様子が分かります。かつてのいじめでは、その様子を同級生や教師らも”うすうす”勘付きながら、”関わると厄介なことになる”という防衛意識からか、傍観者の立場を貫くこともしばしばでした。

男子のいじめ自殺事件では、暴力、金銭要求といったことに加え、ここに紹介した以外の事件でも、衣類を脱がせたり自慰や射精を強要するといった行為が関わるケースが多く見られます。思春期の男子にとって、その行為がどれほど恥ずかしく、心に大きな傷を残すかは、よく分かると思います。同級生らがいる目の前で行われることも相当な精神的ダメージでしょうが、無限に広がり得るネットを使って、半永久的に動画や画像を残せる時代に、そうした行為を行ったF君の事件はワイドショーや雑誌で何度も取り上げられました。高校生の男子にとって、住所や実名も晒された上、自分が無理やり脱がされて、性器を触られて射精に至る一連を動画撮影される恐怖と屈辱は、想像を絶します。

また、これは上記の例に関わったごく一部の教育関係者に限ったことだと思いますが、教師も事実をもみ消そうとしたり、生徒らに口止めをするといった学校の隠ぺい体質も見え隠れします。今でもいじめ事件が起きるたび、初動の対応でいじめ事実を否定したり、認識が無いといった発表を行いながら、事後の調査で隠ぺいとも取れる事実が発覚して謝罪に追い込まれることはありますよね。そして加害者生徒らの多くは反省の色無く、むしろ自殺した被害者やその遺族を批判する言動も、残念ながら見られます。

この5000アクセス記念にありながら、こうした暗い闇の世界、タブーなネタを取り上げたのは、実はその手法などは違っても、30年という長い時間を経ても変わらないところが多くあると感じたからです。また、自殺の発生時期を見ていただくと、夏休みを挟んだ前後に集中しています。夏休みは学校としても管理が行き届きづらい時期ですし、子どもたちはお金を持って遊びたい時期でもあります。そして休み明けあたりで一気にエスカレートしてしまう、という危険性を孕む時期です。いじめという子ども世界の言葉でオブラートに包んでいますが、実際は刑事事件に該当するような行為が行われていますし、自ら命を絶つという重い事態を生まないためにも、小さな変化に気を配っていくことが大切だと思いました。

【特集】5000アクセス記念 ドラクエⅪが欲しい!

8月1日 火曜日 【特集】5000アクセス記念

 

こんばんは。

関東圏の一部では強い雨が降っているようです。”何十年に一度”という大雨情報を最近よく聞きますが、これだけ頻発すると、もはや例年の気候のように思えます。

 

さて、今晩のワンテーマは”ドラクエ”こと、ドラゴンクエストです。

 

1986年に始まったドラクエは、31年目の今年、11作目が発売になりました。最新作のドラクエは、今買いたいゲームの筆頭です!何がしたいかと言うと、3DS版にあるドット絵バージョンでプレイしたいのです。

 

正直なところを言えば、ドラクエⅦまでは(Ⅳを除いて)全作をプレイしていましたが、ハードが高性能化し、グラフィックも美しく派手になっていくたびに、なんだかドラクエじゃなくなっていく感じを受けていました。操作の問題もそうですし、置いて行かれている感があると言いますか。

 

しかし、最新作は、最新の性能を使ったPS4版と、通常の3DS版に加え、昔懐かしいドット絵が遊べると聞き、30年前に味わったあのワクワクドキドキを味わいたい、そう思っているのです。わたしが一番ハマったのはドラクエですが、複雑すぎない中でも壮大なストーリーと適度な難易度が実現されていたと思います。

 

わたしの認識では、ドラクエは初のRPGであり、堀井雄二さん・鳥山明さん・すぎやまこういちさんといった製作メンバーも30年変わらず、それでいて新作が売れ続けるといのは凄い作品だと改めて思うのですが、新作でドット絵版を同時発売したあたり、やはり”かつて”のプレイヤーをもう一度呼び戻したい意向もあるのかもしれません。

そしてわたしはそれに釣られている状況なのです。

 

命からがら宿に逃げ込んだり、洞窟に入ったときの不気味な音楽に鳥肌が立ったり、レベルが上がったときの高揚感だったり。新作が出るたびに、それに合わせてハードを買っている職場の先輩がいますが、あの感覚を味わいたい!という気持ちにさせてくれる作品はそうそうありません。きっとそう遠くないうちに、衝動を抑えきれずに買ってしまいそうな自分がいますが、CMで山田孝之さん演じる父親がダダをこねる気持ち、すごく理解できます。実際にプレイしてないのでここにレビューは書けませんが、購入してプレイしたら書いてみたいと思います。

【特集】5000アクセス記念 歌手の歌い方の変化に想う

7月31日 月曜日 【特集】5000アクセス記念

 

こんばんは。

突然ですが、1週間前の7月24日、作詞家の山川啓介さんが亡くなりました。その記事のタイトルで名を見た途端に脳に浮かんだのが、聖母たちのララバイです。

 

◆「聖母たちのララバイ」とは

1982年5月21日に発売された、岩崎宏美さんのヒット曲ですね。

日本テレビで放送されていた「火曜サスペンス劇場」のエンディングとして作られた「聖母の子守唄」が原曲でした。オープニングの力強く、少し怖さも感じる音楽とは対照的に、エンディングでは何かを超越したような愛と郷愁を感じさせたこの曲。

視聴者から作品化の要請が多かったため、200本限定のマスターテープをプレゼントとしたところ、なんと35万通の応募があり、その結果、作品化されました。累計130万枚が売れ、オリコンでも1位を獲得するなど、岩崎宏美さんの代表曲の一つですね。

ただ、それだけの曲でありながら、日本レコード大賞にはノミネートすらされませんでした。理由は、曲前半のメロディーが、映画「ファイナル・カウントダウン」の劇中BGMに酷似していると同曲の作曲者が指摘し、「聖母たちのララバイ」作曲者の木森敏之がこれを盗作と認めたことから、John Scottと木森敏之の共作とされました。

当時のレコ大では、海外の作曲者の楽曲を対象外としていたことで、「聖母たちのララバイ」はレコ大にノミネートすらされない、というケチがついたわけです。

 

岩崎宏美さんの凄さ

岩崎宏美さんと言えば、「二重唱」「ロマンス」「シンデレラ・ハネムーン」など、1970年代後半からアイドルとして活躍されていましたが、80年あたりから雰囲気が大人っぽくなっていきます。わたしが初めてテレビで見たとき、近所に住む高校生の京田さんという女性(誰?ってツッコミは無しにして)に似て、アイドルという雰囲気とは違うという印象を受けました。

そして何より、岩崎宏美さんの凄さは、その歌唱力でしょう。音大卒ではないながら、曲に対して変なクセが無く、素直に歌い上げるところや、ブレスが入らないくらいマイクを離しても響き渡る声量など、歌手になるための要素を生来お持ちだと思います。

また同時に、その音域も広く、低音から高音まで間断なく続くところも素敵です。それは車に例えるなら、低速から高速までスムーズに、そしてグイグイと力強く加速するエンジンのようなイメージで、聞いていて心地よいものです。

 

◆なぜ歌い方を変えるのか

まず、是非皆さんに聞いていただきたいのは、1981年~1983年頃の岩崎宏美さんの歌唱です。わたしの中で彼女の全盛期だと思っていますし、これを超える歌唱力を持つ歌手は数えるほどしかいないと思っています。

そして続けて、近年の岩崎宏美さんの同歌の歌唱を見ていただきたいです。やはり上手ですし、歌が持つ母性愛的なイメージは最近の方が出ているのですが、なにぶんかつての曲に対する素直な歌い方では無くなっています。少し間が空いたり、部分的に伸ばし過ぎていたり、細かなアレンジを加えているのです。

これは岩崎宏美さんに限らず、どうしても年数を重ねるとそうなることが多いですが、その原因は色々あると思います。失礼を承知で言えば、一番は加齢によるものでしょう。高音が出なくなる、息が続かなくなるといった具合に。

それでも聴く側はわがままなもので、かつて元SMAPの中居さんが、ある歌手の方に対して”アレンジじゃなく、CDのような曲が聞きたい”という趣旨のことをおっしゃっていましたが、わたしも同感です。それならCDで聞けるじゃないか、と言われそうですが、やはりオリジナル歌手の、当時の雰囲気を壊さない、それでいてCDと同じように正確な生歌を聞いてみたい!と思うのです。

岩崎宏美さんは、わたしが知る歌手の中では、曲に正確でいて雰囲気を表現できる数少ない歌手のお一人です。それだけに崩してしまっている現在の歌い方が残念です。

もちろん、高音が出ないのは仕方ありませんが、声量は元が凄いだけに現在でも十分なものをお持ちです。むしろ、高音を出そうとするあまりファルセットを多用し、結果的に声にかつての艶や伸びが無く、声量も制限されてしまってると感じるのです。

それならば、現在の地声で歌えるところまで思い切ってキーを下げれば、アレンジも不要ですし、声量も維持できるのではないかと素人考えで思ってしまうのです。

一時期、(やや声の高い)男性歌手による女性曲のカバーが流行りましたが、当然ながらキーは男性のものに合わせて下げています。しかし、全体が下がっているため、違和感はありません。男性の歌で聞いて違和感が無いのですから、岩崎宏美さんが現在のキーに下げて歌ってくれれば、それは現代の岩崎宏美さん版として素直に受け入れることができるでしょうし、圧巻の歌声に感動すると思います。

無理して過去を維持しようとすると、どうしても辛そうに見えますし、過去と比べてしまうとパフォーマンスは落ちてしまいますから、期待外れに感じます。

35年という年月は、それだけ長い時間だということの表れでもありますが、とても素晴らしい歌唱力を持つだけに彼女に対する期待値が高いのであって、決して岩崎宏美さんを批判する意図ではないです。むしろ、彼女の歌唱が好きだからこその注文ですね。

 

「すみれ色の涙」「聖母たちのララバイ」「家路」、当時の歌唱、是非聴いてみてください。

【特集】5000アクセス記念 からあげ君大好き!31年目

7月30日 日曜日 【特集】5000アクセス記念

 

おはようございます。

今日取り上げるワンテーマは、街のホッとステーション”LAWSON”の人気定番メニュー、からあげクンについてです。

 

コンビニにカフェやらホットスナックが並ぶのは、もはや定番ですが、からあげクンはなんと1986年4月誕生、つまり31年という歴史を誇るんです。

 

ホットスナックなんて言葉がまだ無く、ローソンのCMが「開いてます あなたのローソン♪」なんて言ってた頃じゃないでしょうか。すごく古いですね。

わたしの住む市に、初めてコンビニができたのが1993年、それがローソンでした。学校帰りの塾に行き、小腹を満たすために買っていたのが、からあげクンツナマヨのおにぎり、もうその頃からのお付き合いなわけです。

 

からあげクンの名前の由来が「かりあげクン」であることからしても、その時代を感じるわけです。基本は、レギュラー、レッド、チーズの3種類ですが、皆さんはどの味が好きですか?わたしは昔からずっとレッド派なんです!激辛じゃないけど、なんだかあのピリッて感じの辛さが無性に食べたくなるんですよね。ちなみに各々、「レギュラーくん」「レッドママ」「チーズパパ」という名前が付けられていますが、その名前で呼ばれているのを聞いたことがありません。

さらにはこの3者以外に、兄や姉、双子の弟に育ての父までいるというのですから、その家族構成もなかなかなものです。

 

その種類の多さについては他のブログやサイトにも纏められていますので割愛しますが、期間限定味に目移りするものの、最終的にはレギュラー3種類が一番落ち着くと言いますか、食べて安心できる美味しさなんですよね。

と言いつつ、今まで食べた中では、大分かぼす胡椒味、宇佐しょうゆ味、ねぎ辛味噌味なんか美味しかった記憶があります。3つのうち2つが大分県絡みですが、大分には縁もゆかりもありません、念のために。

 

わたしがからあげクン(レッド)が好きなため、週に3回は通うローソンのサブリーダーのおばさんからは、「今日はレッド切れちゃってるのぉ」「今日もレッドにする?」など、まるでからあげクン(レッド)以外買わない人みたいな扱いを受けてます。釈明しておくと、げんこつメンチ、鶏から、からあげクンのローテーションで回していて、なぜかその人のレジに行くタイミングでからあげクンを買う頻度が高いだけなんです。ここで書いてもしょうがないことは分かってるんですけど。

 

今は夏ということで、たまにやってくるレモン系フレーバーが絶賛発売中!「塩レモン味」がレギュラーの横に陳列されていますね。それでもわたしはレッドを買いますけど。また、8月14日までは1個増量中ですから、ちょっぴりお得感あります。

 

31年目に突入し、Lチキや鶏からといったライバルも登場する中、依然として高い人気を誇るからあげクン。爪楊枝で食べられ、手が汚れないのもポイント高いです。なぜセブンイレブンファミリーマートに同様のホットスナックが登場しないのか不思議ですが、からあげクンがある限り、わたしはローソン中心で通うと思います。

 

ちなみに最近、パンとスイーツもローソン美味しい!と思っています。