MASA日記

働き方、お金のこと、趣味のこと、ニュースなど、徒然なるままに書いています

今日は何の日?~3月12日編~

3月12日、日曜日の朝です。6年前のこの時間、わたしは度重なる余震に見舞われながら、避難所となっていた宮城県庁2階の食堂で、テレビに食い入るようにしながら、前日からの出来事をこの目に焼き付けていました。睡眠時間は1時間に満たないものだったと記憶しています。今朝は鳥のさえずりで目が覚めました。こうして穏やかな目覚めがあること、平凡な毎日を過ごせることに、心から感謝したいです。

 

さて、日曜日テーマ「今日は何の日?」です。3月12日、語呂合わせでいけば「財布(サイフ)の日」です。そして今日はその語呂合わせに乗っかります!

 

わたしが一番最初に自分の財布として持ったのが、祖母が岩倉具視の描かれた500円札を中に入れて譲ってくれたがま口財布でした。年齢を感じますね、500円札(笑)500円玉に変わったのが小学校低学年で、地元の郵便局に並んで500円玉に交換してもらったのを覚えています。祖母がくれたがま口は、あのパカッ!と開き、ピチッ!と締まる感覚が好きで、開けたり閉めたりを繰り返していました。

やがて小学校も3年頃になると、もう少し持ち運びに便利な小銭入れのようなものを持ち始めました。新品で買って貰った”自分の財布”だけに、嬉しかったです。

中学校に上がると、時計と財布はちょっと大人っぽいものが欲しくなりました。合皮ですが、2つ折りの財布にジュースが買える程度のお金を入れて、胸ポケットに入れておき、それを出して買い物をするときに、大人の階段昇った気がしました。

以来、ずっと二つ折りをいくつか買い繋いできたのですが、数年前にあるお店でPorter(吉田カバンのオリジナルブランドですね)の本革の長財布が目に留まり、長財布と小銭入れをPorterで買い揃えました。年数が経っても、本革は風合いが良く、使うほどに味が出る気がして気に入っています。今までより、もっと大人になったような気が。

 

これから先、どんな財布に巡り合い、使っていくのか分かりませんが、財布一つとっても、その時々の思い出がありますし、成長に合わせた変遷を思い出しました。

新生活が始まる学生さんや、新社会人も、大人の階段を一つ昇る気持ちで、財布を買い替えてみるのも、気分転換には良いかもしれませんね。ちなみに、春財布は縁起が良いと言われますが、ここでいう春は新春、あるいは立春だそうですから、もはや時既に遅し!かもしれません。まぁ、金に欲張ること無く、気分転換という意味で、新しいお財布を持ってみると、何か気持ちの上で変化が起きるかもしれませんね。

あの日から6年が経ちました

おはようございます。

今日は土曜日ですが、こんなに気分が沈む土曜日は無いですね。東日本大震災が発生したのが2011年3月11日(金)14時46分のことでした。それから6年の月日が流れ、今日は2017年3月11日(土)です。

 

沿岸部を巨大な津波が襲い、沿岸部を中心に16,000人弱の死者が出ました。仙台市中心部にいたわたしは、報道を得る術が無く、その事実を知らずにいました。ちょうど16時を過ぎた頃です、当日は朝から鉛色の重い雲が垂れ込めていたのですが、突然大きな雪が深々と降り始め、それはやがて風に煽られて舞い上がりました。

単なる気象の偶然かもしれません。しかし、後で考えれば、わたしには、亡くなった尊い命がこの世に別れを告げ、そして天に召されたようにさえ感じました。

亡くなった方々の恐怖と無念がいかほどだったか、言葉では到底言い表せません。彼らは、きっと信じていたでしょう。朝出掛けた家に戻ることを。出迎える家族がいることを。さっき別れた友人とまた会うことを。そして平凡な2011年3月12日が来ることを。

昨日の延長線上に今日があり、今日の延長線上に明日があると思いがちです。しかし、昨日と今日があることは事実でも、それが明日があることの証にならないことを知りました。あの日、どれだけの涙が流されたことでしょう。

 

わたしは避難所にいました。自家発電により映し出される映像を見て、膝から落ちる人をたくさん見ました。嗚咽にさえならないような声を出す人。半狂乱のような人。

わたしは数日後に遺体安置所に行きました。無言のまま遺体に語り掛ける家族、ただただ両手を合わせ深々と首を垂れる人。あの光景は一生忘れることはないでしょう。

 

しかし、6年という月日は残酷です。先日、震災関連の記事に対するネットユーザーのコメントに「また震災かよ」「もう飽きた」といったコメントを見ました。個々人がどのような感想を持とうと、それを否定することはしません。しかし、多くの命が大自然の猛威の前に絶たれた悲しみと、その状況で支え合いながら生きている人たちと、今もあの日・あの時間から変わらぬ想いを抱いている人がたくさんいることは理解して欲しいです。もしそうした方があのコメントを見れば、どれほど傷つくことか。

わたしは偽善者ぶるつもりもありませんし、震災に関してやたらと”絆”を強調されることにも違和感を感じていました。わたしにできることは、当時、仙台市中心部にいて、あの日見たこと、聞いたこと、そして数か月後に沿岸部で感じたことを、周囲にいる人に語り継いでいくことだけです。今ある普通の、ごく平凡な毎日が、どれほど幸せで、どれほど恵まれているか、伝えることです。それしかできない、無力な人間です。

 

あの震災で、亡くなった人に宛てた遺族からの手紙が一冊の本になっています。「亡くなった人を数字だけで語らないでほしい・・・・・・」。偽らざる遺族の気持ちでしょう。亡くなった方々が、この世に生きた証と、その想い出を、一つずつ見つめる本です。NHKの「こころフォト」というプロジェクトから生まれたこの本。16,000弱という数字に比べれば、ほんの一握りのストーリーです。しかし、その愛と悲しみが、何かを伝えてくれると思います。気になった方は読んでみてください。

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今年もまたこの日が来ました。14時46分、わたしは北に向かって黙祷を捧げます。

土曜日ですが、「忘れない3・11」をお伝えしました。

マニアな小ネタの世界 第2回~トヨタはCが好き?~

3月10日、金曜日の夜を迎えました。金曜日の夜というのは落ち着きますね。

 

さて、2回目となるマニアな世界ですが、今回は世界の大企業へと成長したトヨタ自動車についてです。乗り物のテーマで書こうとしたことがあるのですが、少しマニアックなのでコチラで書いてみたいと思います。

 

外国車の場合、メインとなる車名にシリーズ名や排気量を数字で表記することが多いですね。最近では日本でもレクサス(LS600hやIS250等)、マツダCX-5CX-3等)などでも見られますが、やはり国産車の場合は、各車に名前を個別につけるケースがまだ多いと言って良いでしょう。トヨタが”Cが好き・・・”というのは、何も意味深なことを言っているわけではなく、トヨタ車はCで始まる車種が多くないか?という話です。

 

ネットで調べてみると、発音がしやすいからという意見も見られますが、それならば他社もCで始まる車名が多いはずですが、たとえばライバルである日産自動車は、セドリック(CEDRIC)、シーマ(CIMA)、キューブ(CUBE)、キャラバン(CARAVAN)、セフィーロCEFIRO)などが思いつきますが、サ行であってもシルビア(SILVIA)、スカイラインSKYLINE)、セレナ(SERENA)、シルフィ(SYLPHY)など、Sもしっかり使っています。

それに比べて、トヨタ車は圧倒的にCが多いですね。わたしが簡単に調べただけでも24車種(派生車が多い場合は、サブネームで拾ってます。例:カローラレビン→レビン、クラウンマジェスタ→マジェスタ)。つまり、派生車名を除いても24車種あります。次いで多いA始まりやP始まりが13車種でしたから、ほぼ倍あるわけです。ちなみにC始まりと発音が被りそうなS始まりは9車種、K始まりは1車種です。日産が適度にCとSを使い分けているのに比べ、トヨタはC始まりに偏っていることが分かります。

 

その他の説として、ヒットした車が多いのでゲン担ぎというものがありました。これは正直、あるのだと思います。トヨタで言えば、センチュリー(CENTURY)、クラウン(CROWN)、コロナ(CORONA)、カリーナ(CARINA)、セリカCELICA)、カローラCOROLLA)など、古い段階から長年続く(あるいは続いた)大ヒット車種がズラリあるわけです。チェイサー(CHASER)、クレスタ(CRESTA)、比較的新しいところでもセルシオCELSIOR)など、ヒットの法則とでも言えそうな感じです。

この仮説が正しいならば、日産がSを使うのも、スカイラインやシルビアなど、早い段階でS始まりのヒット車が生まれたから、Cに拘らないということになります。

 

なるほど・・・歴史の古さから見れば、乗用車ならばクラウン、コロナ、パブリカ、カローラ、センチュリー・・・とまぁ、ほとんどがC始まりなわけです。だから初期にヒットしたこれらにあやかりたいという気持ちは理解できますね。

しかし、何事にも最初はあるはず。アルファベット順にAから始めたわけでは無く、Cからスタートした理由が何か無いか?と思い、今度は日本語訳してみました。クラウンは言わずと知れた「王冠」ですね。コロナは「太陽冠」、カローラは「花冠」。もしかして、トヨタは初期に「」に拘った名前を英語で探していたのではないでしょうか。冠は上位を意味しますし、王者のようでもあります。それらを英語にすると、偶然C始まりが多かった。そしてこれらがヒットしたことで、ゲン担ぎにC始まりの車名が多くなった、と考えれば、なんとなくモヤモヤが解けた気がします。

カムリ(CAMRY)という、現在ではすっかり北米がターゲットの車がありますが、もとは国内でもミドルサイズのFFセダンとして人気がありました。このカムリの由来は、日本語の「冠」だと言うのは有名な話です。カムリは”KAMRY”としても良さそうですが、「冠」とCに拘るトヨタはCAMRYと表記したのかもしれません。

 

とまぁ、正解も無いし、考えても時間の無駄なのですが、あれやこれやと仮説を立てては脳内でモヤモヤしてみる、そんな今日この頃の話でした。

小さな旅 発見・探検・”3倍”の旅第1回~新橋⇔八丁堀~

3月9日木曜日です。木曜日テーマ「小さな旅」、余談ですが、前回の始発駅シリーズが思いの他アクセス数が伸びて、正直驚いております。始発駅シリーズも随時更新していきますが、今回は発見・探検・”3倍”の旅と題したシリーズの第1回です。

 

乗換案内アプリ等で調べると、乗換時間も含めた所要時間が出ますよね?

実際には、その駅のホームまで行く時間や、少しは余裕を見て電車を待つ時間など、意外と時間は掛かるもの。それでもほぼ正確に表示される公共交通機関の移動時間の3倍を使って、街歩きをしてみよう!という趣旨のシリーズです。

 

第1回目の今回は、東京の 新橋駅⇔八丁堀駅 です。

検索によれば、東京メトロ銀座線日比谷線銀座駅で乗り換えることで、所要時間13分だそうです。銀座駅のホームで流れる”銀座カンカン娘”の発車メロディーを封印し、今回は、春の陽気が日増しに強まる新橋駅からスタート。与えられた所要時間は13分×3、つまり40分です。

 

新橋一丁目付近にある、地下鉄の新橋駅1番出口からスタート。

メトロ銀座線は、浅草方面に向けて中央通地下を進みますが、わたしは都営浅草線の地上にあたる昭和通を歩きました。すぐの交差点で信号待ちをした際にふと左側の店内を見ると、そこにはふりかけや佃煮が並べられていました。お店の名前は、新橋玉木屋さん。調べてみると、創業は1782年、実に江戸時代まで歴史は遡るそうです。ショーケースに並べられた「春のふりかけ」は、230年余り繰り返された春の色彩と味覚を存分に表現しているようでした。ふきのとうやしらす、なかなか市販のふりかけでは得られない味ですし、ちょっとした手土産にも喜ばれそうですね。

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昭和通は交通量も多いですね。10分ほど歩くと、やがて右前方には、東銀座の歌舞伎座が見えてきます。こうして各地に歴史や伝統が感じられるところが、東京の良さだとも思います。歌舞伎座側に渡らず、手前右手の交差点に目をやると、群馬県のショップであるぐんまちゃん家ちがあります。ゆるキャラとして一躍有名になったぐんまちゃん、定期的にマスコットが店頭に立ち、行き交う観光客と写真に納まったりしています。ひたすらぐんまちゃん推しなので、遠くからでも分かりやすいショップです。

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ここを右折し晴海通りに入れば、観光客で賑わう築地市場ですが、個人的にはすぐ近くで売られている茂助だんご後ろ髪引かれながら、今回は40分という時間内のため昭和通を直進しました。

そう言えば、以前タクシーに乗車した際、”新橋名物の無料高速を走りましょう”と運転手さんに言われましたが、すぐ近くを高速道路が走っています。なぜに無料?と思っていましたが、新橋~新京橋など、一部区間はKK線という首都高とは別の無料道路だそうで、渋滞回避に一役買っているのだそうですね。勉強になりました。

 

さらに真っすぐ歩くと、あっという間に宝町の駅出入り口が遠方に見えてきます。その道路左側に、植物がアクセントになっている建物が見えます。

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ここはわたしが密かに気に入って通っている「京橋テラス」というお店です。肉料理とワインなどがメインなのですが、店内の雰囲気と駅の近さ、そしてコスパの良さ、何度か接待や知人との飲み会にも使いましたが、毎度好評です。

わたしは夜はいつも4,500円のコース(飲み放題含む)に別注の肉料理を加えて税込5,000円を選びますが、出される料理がどれもボリューム満点。雰囲気を大切にしたい女性にとっても、店内に張り巡らされた水槽と、木を使った落ち着いた内装、そして適度にセパレートされた店内配置で、おしゃれに過ごせるのです。

ちなみにランチも営業しています。

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ちょっと贅沢にお昼を、と思う方には、良いと思います。

 

宝町駅入口を見たら交差点を右折、真っすぐ進むと、道が少し左に角度を変えるのですが、そこの角にある中華食堂しぶやさんも、面白いです。オバチャンが店内を仕切っているのですが、4人掛けテーブルが空いているとき、2人でやってきたサラリーマンを横に並ばせたり(昔あった「家族ゲーム」という映画のよう)、長時間メニューを見て悩んでいるお客さんを急かしたりと、その仕切りはなかなかのもの。味は懐かしい味ですし、値段もさほど高くないので、試しに入ってみてはいかがでしょう。面白いです。

 

そうこうしているうちに直進すれば、そこはもう、JR京葉線とメトロ日比谷線が乗り入れる八丁堀駅です。徒歩にして所要時間38分でした。無事に40分以内のミッションクリアですね(誰もミッション課してないですけど!)。

 

ちなみに歩数計では3041歩、1日8000歩~10000歩が理想と言われる中で、この街歩きで得た歩数は大きいです。時間3倍(電車移動の諸々考えれば、実質は2倍程度かと思いますが)で得た発見と、運動効果に満足でした。

保険 第10回~個人賠償責任保険①~

3月8日、水曜日です。3月になって早くも1週間が経ちました、時間の流れは本当に早いと感じます。特に決算期を迎えた皆さんは、忙しくされていることでしょう、くれぐれも体調管理には気を付けてくださいね。

 

さて、そんな3月を過ぎると、新入学や新社会人が街に溢れる4月です。その前に、是非知っておくと便利な知識として、何回かに分けて、個人賠償責任保険を取り上げます。

 

この個人賠償責任保険、自動車保険や火災保険、傷害保険などに、特約としてセットされていることがほとんどで、なんだかオマケのような印象があります。

しかし、侮れないのがこの保険。非常に役立つんです!だからこそ、知っておいて欲しい保険の一つとして取り上げました。

 

まず、誰の賠償事故を補償してくれるの?という、被保険者の話から。

答えは、

①記名被保険者

②記名被保険者の配偶者

③記名被保険者またはその配偶者と生計を共にする同居の親族

④記名被保険者またはその配偶者と生計を共にする別居の未婚の子

記名被保険者とは、まぁ簡単に言えば、保険加入する当事者で、保険証券に記載された被保険者自身を指します。多くの場合は世帯主ですね。

この被保険者の範囲の肝は、です。高校卒業し、親元離れて遠くで一人暮らしを始める大学生のお子さんがいるとします。多くの場合は、親からの仕送りが生活の基本となり、これに奨学金やアルバイトを加えて生活するでしょうから、別居はしていても、”親と生計を共にしている”わけです。未婚の場合に限られますが、こうしたケース、親が個人賠償責任保険に加入していれば、遠く離れて暮らす子が賠償事故を起こしても、補償対象となります。したがって、お子さんに個別に個人賠償責任保険を掛ける必要は無く、代表となる記名被保険者の方が加入していれば足りるわけです。この時期だからこそ、今一度確認された方が良いと思います。

他にも③ならば、同居しているおじいちゃん・おばあちゃんなどが最もイメージしやすいでしょうか。結構、補償対象者が広いのが特徴です。

 

では、どんな事故が補償されるのでしょうか?その名の通り、個人が負担する賠償責任について補償してくれるのですが、大きく分けて2つです。

①所有する建物の、所有・使用・管理に起因する事故

②日常生活に起因する事故

この2つですが、かなりこれも広いです。

たとえば①。一人暮らしを始めて間がない、不慣れな子が、アパートのベランダで洗濯物を干したとき、干し方が悪くて洗濯物が落下し、通行中の車を傷つけたような場合。あるいは、お風呂の水を出しっ放しにしてうたた寝し、気づいたら階下に漏水してしまったような場合。いずれも個人賠償責任保険で対象となるケースです。

②は、自転車に乗って通学中、出会い頭に歩行者と衝突し、相手をケガさせてしまったようなケースや、友達と遊んでいて投げたボールで近所の家の窓ガラスを割ってしまったようなケースなどが想定されます。

一人暮らしを始めるお子さんが、日常生活で起こし得る事象、結構補償されるんです。もっとも、補償対象とならない事故(いわゆる免責事由)もありますから、それは次回にお伝えしたいと思います。

乗り物 第16回~コーチビルダー~

3月7日火曜日です。今夜は、コーチビルダーを振り返ってみたいと思います。

 

唐突ですが、最近の路線バスに少々つまらなさを感じているんです。という話をしてみると、ごく稀に”変わったことが好きなんですね!”とわたしに対する興味を持ってくださる方がいますが、ほとんどの場合は”バスなんかどれも同じ”と素っ気ない反応です。

 

たしかに、きちんと目的地まで運んでくれればいい、というのは一般的な感覚なのでしょう。それは、路線バスが単なる移動手段に過ぎないから。しかし、日常に埋没した一移動手段の路線バスを、もう少し興味深く見てみると、結構面白いです。

 

路線バスの左前ドア付近には、2つのメーカーの小さなプレート状のものが取り付けられています。一つはシャーシメーカーのもの、もう一つがコーチビルダーのものです。さっきから、言葉の説明もせずにコーチビルダーを何度か出していますが、路線バスの場合は、車台やエンジンを製造するシャーシメーカーがいて、上屋を作るコーチビルダーがいます。つまり、コーチビルダーとは、バスの架装を担当する会社です。

 

まず、シャーシメーカーは、国内では長年4社体制が続いてきました。

いすゞ自動車

日野自動車

三菱ふそうトラック・バス

日産ディーゼル

しかし、日産ディーゼルが2010年に自社生産から撤退し、三菱ふそうからのOEMなどを経て完全撤退しました。また、いすゞ自動車日野自動車は、ジェイ・バスというグループで連合しているため、実質的にはほぼ差はありません。

一方、コーチビルダーはどうか。かつてわたしが路線バスに関心を持ち出した30年ほど前は、6社が存在していました(それ以前はさらに多く存在したそうです)。

・日野車体工業・・・・・・・・・・・日野自動車中心

・川崎車体工業・・・・・・・・・・・いすゞ自動車中心

・呉羽自動車工業・・・・・・・・・三菱ふそう中心

富士重工業・・・・・・・・・・・・・日産ディーゼルいすゞ自動車中心

西日本車体工業・・・・・・・・・全社

北村製作所・・・・・・・・・・・・・いすゞ自動車中心

一部例外はあるものの、6社の取引先は上記のとおりです。こうして、路線バスと一口に言ってみても、様々な組み合わせがあり、バラエティに富んでいたわけです。もっとも、路線バス会社の多くは、1社と取引していることが多いため、どうしても車両に偏りが出てきますが、幸いにも筆者の住んでいた地域を走っていた公営バスは、4社(日野やいすゞが多かったが)から車両を導入し、数台レベルで買い揃えていたので、新旧も併せると相当な種類の路線バスを見て楽しむことができたわけです。

 

その後どうなったか?シャーシメーカーの特定コーチビルダー指定の流れが加速された結果、コーチビルダーは大幅な製造減に直面して事業から撤退する、あるいはシャーシメーカーの完全子会社になるといった運命を辿り、

ジェイ・バス・・・・・・・・・・・いすゞ・日野グループ

三菱ふそうバス製造・・・・・三菱ふそうトラック・バス

のたった2社に集約されてしまいました。シャーシメーカーとコーチビルダーの関係は、相対というより、ほぼ一体化のような関係ですね。

こうなると、かつて見られたバラエティ豊かなバスの顔ぶれは、金太郎飴のような”どれに乗っても一緒”になってしまったわけです。

 

比較的最近まで単独で生き残っていた西日本車体のバスは、今でもちょくちょく走っていますが、それ以外は特徴があまり見られないですね。

 

路線バス自体の受注減の中で、もはや単体で生き残ることは困難な状況でしょうが、日常に埋没することなく、小さな楽しみを与えてくれていただけに、コーチビルダーの減少は個人的に寂しい限りなのです。

歌謡曲 第17回~赤いスイートピー~

こんばんは。3月6日月曜日の夜を迎えました。

 

謡曲第17回、今夜はコチラの曲について書きます。

 

赤いスイートピー(1982年1月21日発売 作詞/松本隆、作曲/呉田軽穂

 

言わずと知れた、80年代に絶大な人気を誇ったアイドル、松田聖子さんを代表する一曲ですね。ここ最近はすっかり日照時間も伸び、昼間の穏やかな温かい日差しを浴びると、なんだかこの曲を自然と口ずさんでいるわたしです。軽くカーディガンでも羽織って、昼下がりに散歩にでも出たくなる、そんな曲です。

 

そうさせるのは、やはり曲調が、長調でスローだから、なんとなく春の穏やかさをイメージさせてくれるのだと思います。そんな曲をつけたのは呉田軽穂さん・・・誰?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、ユーミンこと松任谷由実さんです。

しかしユーミンと言えば、旧姓の荒井由実か、現在の松任谷由実のいずれかを使い、他人に曲を提供するときもそれは変わりません。しかし、アイドルだった松田聖子さんの曲を、しかも松本隆さんの詩に曲を付けることを当初は拒み続けたユーミンが、引き受ける条件として出したのが松任谷由実という名前を出さないということでした。

そこで彼女が付けた名前こそ、呉田軽穂だったのです。映画女優レダガルボを文字ったのだそうで、充てた漢字は、ポップスのように軽く行きたい!という思いからなのだとか。「実ほど頭を垂れる稲穂かな」の逆なのだそうですよ。

 

こうして描き出されることになった「赤いスイートピー」の曲ですが、よく聴いていると、松本隆さんの詩の表現もさすがですね。

特に二番。「四月の風に吹かれて 駅のベンチで二人 他に人影も無くて 不意に気まずくなる」のあたり、最近の歌に多い情景も心情も描きすぎることなく、程よく行間を聴き手に委ねている感じが、なんともほんわかしていて好きです。

 

この曲は多くの歌手の方にカバーされていますし、現代でも歌われる名曲の一つです。やはり80年代ポップスはいいですね~。